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スマートワーク推進&ワークスタイル変革・コラム人生100年時代の働き方改革

多くの企業が設けている定年制度は通常は満60歳、定年延長
でも65歳程度。「人生100年時代」残りの30年をどう生きるか。
本コラムでは、オープンソースの先駆者として定年を迎えた
後に「学び直す」という選択をした執筆者の視点で語ります。

新しい会社員人生

みなさん、初めまして、吉岡と申します。昨年9月満60歳になって会社を定年退職し、その年の9月に東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程に入学し、今現役の学生をしています。今日は自分の会社員人生を振り返ってお話をしてみたいと思います。何かの参考になれば幸いです。

人生100年時代

多くの企業は定年制度を設けています。通常は満60歳なり、定年延長でも65歳くらいがそれになります。
人はいつか必ず死にます。いつ死ぬかわからないところが人生の面白いところです。
仮に60歳で定年を迎えたとしても、残りの30年間をどのように楽しく過ごすかをちょっと考えてみたいものです。

会社員人生と学び直し(1)「プログラマ人生をふりかえる」

自分が会社員生活を始めたのは1984年です。プログラマとしてキャリアを歩み始めました。最初のプロジェクトは日本語版COBOLコンパイラの開発です。その開発を通じて今で言うところのCI(継続的開発)などソフトウェア開発のスキルを身につけました。その後転職して米国OracleでRDBMS(リレーショナルデータベース管理システム)の開発に携わりました。1990年代中頃から数年です。

会社員人生と学び直し(2)「オープンソースとの出会い」

メインフレームからPCやオープンシステムへ移行していく時代でした。1998年にNetscape社がブラウザをオープンソースソフトウェア(OSS)として公開することによって、突如としてOSSというパラダイムが出現しました。

インターネットは気がつくとLinuxをはじめとしたOSSによって動いています。根幹のところはどこか一社の独占的な技術ではなく広く公開されているOSSによって支えられているということに驚きを感じます。組み込み系もインフラ系もエンタープライズ系も多かれ少なかれOSSに依拠しているということは驚くべきことです。

それはともかく、自分が若い頃、プログラマ30歳定年説などというものがまことしやかに囁かれていたわけですが、自分が30歳になった時もそんなものは関係なかったですし、転職するのも30代半ばまでと言われていたものです。最初の転職は36歳の時でしたし、41歳の時社内ベンチャーを立ち上げましたし、50歳の時にも転職しています。Oracleのエンジンをバリバリ開発していたのは30代後半です。
自分の乏しい経験から言っても年齢はほとんど関係ないと感じています。

会社員人生と学び直し(3)「学び直しと学び続け」

自分はたまたまプログラマという職についてソフトウェア製品ないしはサービスを作ることを仕事にしてきたわけですが、これほど変化が激しくてワクワクする職業はなかったと思います。本当にラッキーでした。メインフレームからPCへのパラダイムシフトがあり、インターネットが登場し、OSSやシェアリングエコノミが発展していく。さらにはモバイルインターネットが社会を変えていく、そのような変化の真っ只中にいるというのは幸運以外の何物でもないと感じています。

IT業界はムーアの法則により毎年指数関数的な飛躍をこの50年以上続けてきました。
世界はソフトウェアでできています。モノではなくソフトウェアによって価値が提供されていきます。

60歳で定年退職してなぜ大学院生になったのか?いろいろな方に聞かれます。厚生労働省が毎年発表している生命表を見ると女性であれば約半数の人が90歳まで生きます。男性でも84、85歳まで生きます。ざっくりいって60歳を過ぎて20数年、30年近く生きることになります。
自分が大学生だった頃と現在ではコンピュータサイエンスは大変な進化をしています。昔の知識は流石に陳腐化しています。その知識をアップデートしたかったというのが動機の一つです。

例えば、機械学習という分野があります。40年前にもそのような分野がありましたが、計算コストの関係で実用的な問題はなかなか解けませんでした。ところがムーアの法則によって計算コストが劇的に下がったことによって、その応用範囲も広がりました。囲碁の世界チャンピオンを破るソフトウェアも登場しているのは皆さんもご承知の通りです。
下記のグラフ※はarXivという論文投稿サイトへの「Machine Learning」に関連する論文数を表したものです。2012年頃から急激に論文数が増加していることがわかります。

論文数

※arXivに掲載されている「Machine Learning」に関連する論文数の推移


今まさに進行中のパラダイムシフトを経験するために学び直しているというところです。自分は「機械学習」という言葉は知っていましたが、その論文数がここ数年指数関数的に激増しているということは大学で学び直してみるまで実感できませんでした。
情報爆発の時代にデータを処理するスキルが求められていることは間違いないところです。問題を発見して、それを定式化して解いていくという研究者として基礎的なスキルを身に付けたいというのが60歳定年退職後にもう一度大学院に入った動機です。そのようなスキルを身につければ、情報爆発の時代に楽しく仕事をできるのではないかと思ったところです。

勉強会とアカデミックコミュニティ

日本に戻ってきて、カーネル読書会というLinuxの勉強会みたいものを1999年に立ち上げました。趣味で始めた勉強会なのですが、OSSと勉強会は非常に相性が良く、所属組織を超えた価値の創造や流通に役立ったかなと思います。

アカデミアも開発コミュニティも個人が知的好奇心を持って参加しているという点では、自分の中では地続きです。研究者の卵として興味のあるところを探索していったら、未知の問題にぶつかってそれを解こうとしているという感覚です。

自分の専門領域はデータベース工学ですが、コンピュータの原理原則はチューリングマシンあるいはフォンノイマン型コンピュータ以来ほとんど変化がありません。一方で先に述べたようにコンピュータの高速化、小型化、低廉化はとどまることを知りません。
量的な変化が質的な変化を生みました。それが近年の人工知能ブームであり機械学習分野の勃興だと思います。
自分もその中で何かに貢献したいと思い、研究者の道に入りました。

いつまでも現役

パラダイムが変化しているのに、そのパラダイムが変わっていることに気がつかないということが非常に危険です。イノベーションのジレンマによって市場から撤退した会社は結局のところそのようなところな訳です。

自分がサバイブするには結局のところ学び続けるしかなくて興味のあるところを興味の赴くまま学んでいく。変化に柔軟に対応するということは好奇心を持って貪欲に自分の無知を自覚しながらその周辺を探索することなのかなと思います。
自分は幸いにも子育ても終わって、必要な生活費もそれほど多くないので、楽しく学びつつ、ゆるゆると仕事をするというのが、人生100年時代の働き方改革のような気がします。

組織を利用することはあっても組織には依存しない。複数のコミュニティに所属しながら複数の価値観の中で生きる。できれば収入源も複数持つというのが自由度の高い人生を歩むコツなのではないかと考えています。

自分の知識をアップデートしつつ、今は持っていないスキルを少しはできるように訓練をするようにして自分をバージョンアップすることに余念がありません。

私の生き方が何かのご参考になれば幸いです。

執筆者プロフィール

吉岡 弘隆氏

吉岡 弘隆氏

1984年慶応義塾大学大学院修了。外資系ハードウェアベンダ(DEC)を経て、米国OracleでOracle8エンジンの開発に従事した後、2000年にミラクル・リナックスの創業に参加、取締役CTO。
2009年、楽天株式会社。技術理事。社内にHacker Centric Cultureを根付かせることがミッション。社内SNS、開発コミュニティの推進。2018年9月定年退職(満60歳)。同年、北東アジアOSS推進フォーラム 貢献者賞を受賞。
東京大学大学院情報理工学系研究科、博士課程。カーネル読書会、1000 speakers conference in English主宰。
著書にDebug Hacks (共著)、ネットを支えるオープンソースソフトウェアの進化(共著)