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学会・研究成果発表

日本パーソナリティ心理学会第33回大会にて、就業者の職務適応に及ぼす自己理解の影響についての研究発表を行いました

DATE:2024.10.23
研究テーマ:心理学的行動変容

2024年10月5日~6日に筑波大学で開催された日本パーソナリティ心理学会第33回大会において、「自己理解と自己認識欲求が就業者の職務適応に及ぼす影響」というタイトルでポスター発表を行いました。本記事では、こちらの発表内容についてご紹介します。

現代社会におけるキャリア形成

近年、職業生活が長期化する中で、就業者が自身のキャリア形成を勤務先のみに依存することなく、自ら考え、自己啓発に取り組む必要性が謳われています[1]
キャリア形成に関する心理学などの研究領域において、キャリアは自己概念の発達という観点から捉えられてきました[2]。自己概念とは、(a)自分と他者の比較、(b)他者からの評価や反応といったフィードバック、(c)自分自身による観察、(d)自分の行為がもたらした結果などによって形成される[3]、「自分自身をどのような人間であると認知しているか」の内容を指します。
そして、自らのキャリアを発達させ確立していくことは、自己概念を明確化し、職業領域での自己概念、すなわち職業適性や職業興味といったものへ翻訳し、それを実現させていくプロセスであると考えられています[4]。その結果として、仕事から得る満足度は、自己概念を具現化できた程度と比例するともいわれています[2]

自己概念の役割

一般的に、自己概念が明確であることは、自尊感情の高さなどと関連することが示されており[5]、心理的適応指標の一つとしてとらえられています。また、仕事に関する個人的に重要な希望や抱負が込められた未来における自己像を顕著かつ詳細に有することが、自らの価値観や欲求に沿うキャリアの形成や能動的なキャリア関連行動への動機づけに必要であることも示されています[6]
このように、自己概念が明確であること自体は、心理的適応や職業適応によい影響を及ぼします。しかし、自己概念を明確化させる過程で生じると考えられる「既存の自己に関する知識を確証しよう」という自己確証動機[7]や、「自分を知りたい」という自己認識欲求[8]は、自己概念の曖昧さや非一貫性、矛盾が意識されたときに生じることが示されています[9]

本研究の目的

つまり、キャリア形成の過程においては、自己概念の明確化が動機づけられた際に、一時的な“自己概念の危機(crisis)”が経験されうるといえます。この“危機”を乗り越えるための適切な支援策を講じることで、特に若年層におけるキャリア形成を効果的に推進することが期待されます。
そのためには、まず自己概念の明確さと自己認識欲求がどのように現在の職務における適応と関連するのか、具体的には自己概念の明確さが何を促進し、自己認識欲求が何を阻害しうるのかを整理する必要があると考えました。職務適応をとらえる視点も多様であり、また日々の職務への取り組みが個人のキャリア発達を促すことも示されている[10]ことから、まずは現在の職務適応のうちどのような側面が自己概念の明確さや自己認識欲求と関連するのかを明らかにすることとしました。これを本研究の目的とし、横断的な調査研究を用いて実証的に検討いたしました。

今回の調査研究の方法

調査会社の登録モニターのうち、回答時に通常勤務ができている20~59歳の男女計1,200名(男女同数; 平均年齢40.03歳、SD=10.87)を対象にweb調査を実施しました。今回の分析に使用した心理尺度は表1の通りです。ここでは、自己概念の明確さを「自己理解の程度」と置き換え、「自己理解」尺度による測定を試みました。

表1 今回の調査研究で使用した心理指標

分析の結果と考察

まず、自己理解および自己認識欲求がそれぞれ職務適応に関する各心理指標とどのように関連するかを検討しました(表2)。その結果、自己理解と自己認識欲求はいずれもワークエンゲージメントやワークモチベーションと正の関連を示しました。一方で、自己理解は離職意向、心理的ストレス反応、失敗傾向とは負の関連があり、自己認識欲求はこれらと正の関連を示しました。
この分析結果は、自己理解は職務適応全般を促進するものの、自己認識欲求はエンゲージメントや動機づけを促進しつつ、抑うつや失敗傾向をも促進してしまうことを表しています。なお、自己理解と自己認識欲求の間には中程度の正の相関(r=.39)があるため、自己理解を促進すれば自己認識欲求が抑制されるとは限りません。つまり、自己概念の明確さと自己認識欲求は、いずれもモチベーションを向上させる効果はあるものの、心理的健康や具体的なパフォーマンスの質に対しては正反対の効果をもちうるといえます。

※ 重回帰係数の標準偏回帰係数(β)を記載、-1≦β≦1、色付き太文字の箇所はP<.001

表2 自己理解および自己認識欲求と職務適応との関連

次に、自己理解と自己認識欲求の交互作用(組み合わせによる影響)が職務適応に関する各心理指標とどのように関連するかを分析しました。上記の職務適応に関する指標のうち、自己理解と自己認識欲求の交互作用の影響が有意であったのは、「離職意向」、「不機嫌・怒り」、「衝動的失敗」の3変数のみでした(図1)。いずれの指標についても、自己理解の得点が低い場合に、自己認識欲求の得点が高くなるほど、それらの傾向が強まっていました。つまり、自己概念が不明瞭で、かつ自己認識欲求が高まっているときに、離職意向と心理的ストレス反応、衝動的失敗の傾向が高まることが示されたといえます。

図1 自己理解と自己認識欲求の交互作用が職務適応に与える影響

自己理解の高さは「意志によって目標や行動を調整できる力」[11]であるとされていますが、自己認識欲求の背景には自己概念の不安定性が存在する[12]ことが示されています。したがって、自己理解が低く自己認識欲求が高い個人は、自己概念の不安定さによって目標や行動の調整が困難になるため、衝動的な失敗が増え、ストレス反応が増大し、その結果として離職意向が高まっている可能性があると考察できます。つまり、自己理解を深めることや自己認識欲求を充足させることを目的として離職意向が高まるのではなく、自己理解が低く自己認識欲求が高い状態では自己調整能力や職務遂行能力の発揮が阻害されるため、キャリア形成に対する迷いが生じやすくなる可能性が考えられます。

まとめ

本研究の結果から、キャリア形成の過程においては、自己概念の明確化を支援するだけでなく、自己認識欲求によるネガティブな影響を緩衝する必要もあることが考えられます。自己認識欲求がワークエンゲージメントやワークモチベーションに対してポジティブに働きうることも踏まえると、必ずしも自己認識欲求を完全に抑制する必要はなく、自己概念の明確化との両輪でとらえ、両者がうまくかみ合って適応的に機能するよう支援することが肝要なのではないかと考察しました。
また、自己理解と自己認識欲求が中程度の正の相関を示していたことを踏まえると、自己理解を深めることで自己認識欲求が弱まるとは限らないと解釈できます。そのため、自己理解と自己認識欲求の“青天井化”を防ぐことも、キャリア支援の一つの観点として取り入れる必要があると考えられます。

さいごに

今回のポスター発表には、企業の研究部門の方々や、キャリア発達などを専門とされる先生方にお越しいただき、活発な議論を交わさせていただきました。本研究で得られた知見を土台にして、今後どのような研究や社会実装に発展させていくか検討してまいります。
また、本大会におきましては、準備委員会の一員として運営にも携わりました。会場で労いのお言葉をかけてくださった参加者の皆様、誠にありがとうございました。

引用文献

  • [1]
    厚生労働省 (2018). 平成30年版労働経済の分析―働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について―
  • [2]
    Super, D. E. (1963). Self-concepts in vocational development. In D. E. Super, R. Starishevsky, N. Martin, & J.P. Jordaan (Eds.), Career development: Self-concept theory (pp.17-32). College Entrance Examination Board.
  • [3]
    Mettee, D. R., & Smith, G. (1977). Social comparison and interpersonal attraction: The case for dissimilarity. In J. M. Suls & R. L. Miller (Eds.), Social comparison processes: Theoretical and empirical perspectives (pp. 69-101). Hemisphere.
  • [4]
    Super, D. E., & Bachrach, P. B. (1957). Scientific careers and vocational development theory: A review, a critique and some recommendations. Bureau of Publications, Teachers College, Columbia University.
  • [5]
    Campbell, J. D., Trapnell, P. D., Heine, S. J., Katz, I. M., Lavallee, L. F., & Lehman, D. R. (1996). Self-concept clarity: Measurement, personality correlates, and cultural boundaries. Journal of Personality and Social Psychology, 70(1), 141-156.
  • [6]
    Strauss, K., Griffin, M. A., & Parker, S. K. (2012). Future work selves: How salient hoped-for identities motivate proactive career behaviors. Journal of Applied Psychology, 97(3), 580-589.
  • [7]
    Swann, W. B., Jr. (1983). Self-verification: Bringing social reality into harmony with the self. In J. Suls & A. G. Greenwald (Eds.), Social psychological perspectives on the self (Vol. 2, pp. 33-66). Erlbaum.
  • [8]
    上瀬 由美子 (1992). 自己認識欲求の構造と機能に関する研究―女子青年を対象として― 心理学研究, 63(1), 30-37.
  • [9]
    上瀬 由美子 (1996). 自己認識欲求と自己概念不明確感の関連 東京女子大学紀要論集, 46(2), 83-98.
  • [10]
    Herr, E. L., & Cramer, S. H. (1996). Career guidance and counseling through the lifespan (5th ed.). HarperCollins.
  • [11]
    平野 真理 (2010). レジリエンスの資質的要因・獲得的要因の分類の試み―二次元レジリエンス要因尺度(BRS)の作成 パーソナリティ研究, 19(2), 94-106.
  • [12]
    上瀬 由美子・堀野 緑 (1995). 自己認識欲求喚起と自己情報収集行動の心理的背景―青年期を対象として― 教育心理学研究, 43(1), 23-31.

担当者紹介

研究テーマ:心理学的行動変容
担当者:市川 玲子
コメント:心理学に関する研究業務全般を担当しています。博士(心理学)・公認心理師です。もともとはパーソナリティ心理学や異常心理学の研究をしていました。
連絡先:NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ
bt-design-contact@nes.jp.nec.com