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学会・研究成果発表
日本観光学会 東京支部会の研究発表会にて、地方での観光客を対象としたオンデマンド交通シミュレーションによる最適な交通形態の検証の発表を行いました
DATE:2025.03.25
研究テーマ:量子コンピューティング、ビジョン明確化
1. はじめに
イノベーションラボラトリのテクノロジーラボラトリでは、量子コンピュータ(量子アニーリング)を活用した、社会課題解決の取組を行っております。これまでの活動で、高松市内の温泉郷である塩江地区の課題解決に関わるようになり、また時を同じくして、関係人口が参加できる塩江ワークショップ(WS)が昨年12月と、今年3月にも開催されました。そのWSへ参加し、塩江地区での体験とともに、地元の人との交流を通して課題感や本発表での検討内容に対するコメントを得ることができました。
その地元の人との交流の中で得られた気づきや、それを通じての技術検討につなげることができたため、その経緯を簡単に記載した後、発表した検討内容を説明します。

2. 本検証に至る経緯:地域の人が困っていることとは何か?
塩江でのWSに参加する前に、仮説を持っておいた方がよいこともあり、なるべく現地に行って、その特性や課題感を肌で感じて仮説をできるだけ検証してこようと、昨年末は頻繁に訪れておりました。
それ以前にも、何度か地元にお伺いすることがあり、交通の便はあまりよくないことは体感としてあったため、そのあたりを特に伺う形で、地元でお話をお聞きしていました。交通の便の悪さでいうと、特に公共交通機関は、コミュニティバスと高松駅・塩江間の路線バスのみなのですが、前者は1日17便、後者は1日3往復となっています。コミュニティバスは意外と多い、と感じた方もおられるかもしれませんが、経路が網羅的でなく、ほとんどが決まった一部のルートになっており、あまり使われていないという現状があります。また、後者の路線バスは、朝夕の3便のみのため、通勤・通学時がメインで、買物に気軽に利用するのは難しそうです。このように、地元の方は日常利用する交通の面で困っており、その解決のために例えばオンデマンドバスやモバイルモビリティとの組み合わせなどが有効なのではないか、と考えました。
ところが、12月の塩江WSでは、地元の方も交通面でバスが少なくなり不便とおっしゃる一方で、バスの本数が増えた場合にも使わないとのことでした。実は、現状では自家用車が一般的に利用されていて、それに勝る便利さがないバスは、利用されないという状況だったようです。 さらに、観光客施策から地元の方に利用される流れはありそうなのと、WSの他のチームでは観光客の増加施策を検討していることもあり、まずは今後増える(であろう)観光客に対する交通施策として、オンデマンド交通の検証を行うこととしました。
3. オンデマンド交通の検証シミュレーション
地域のオンデマンド交通を検証するにあたって、まず地域内に9つのバス停があると仮定し、そのバス停内で、まずは1台のバスで現状の交通形態と同様の巡回バスと、オンデマンド形態を比較することとしました。
以下の3つの形態で検証する予定で、メインの③はまだ検証中のため、結果を示すことはできませんでしたが、③⇒②⇒①の順に望ましい形態ではないかと推測しています。
- ①巡回バス
- ②オンデマンドバス(早い乗車希望順に対応)
- ③オンデマンドバス(量子アニーリングによる数理最適化)
①巡回バスと②オンデマンドバス(早い乗車希望順に対応)における、利便性と採算性を検証した結果が、下図になります。横軸が利便性で、今回は平均待ち時間と平均移動時間の合計値を利便性として利用しました。縦軸は採算性で、運行損益を運賃合計-経費合計から算出しました。運賃は、400円/人としました。今回は、3つの観光客数パターンとして、年間1万人/3万人/5万人がバスを利用すると仮定し、1日にそれぞれ10組/28組/46組の予約、人数にすると23人/92人/151人が1日に利用することとしました。

当然ながら、②オンデマンドバスの方は各予約を最短で回る分、経費的な部分で①巡回バスより有利なため、より理想的(グラフの左上に近い)な結果が得られています。また、両者ともに結局、採算面では赤字になるというところも見えており、多くの自治体で税金を利用して運用している状況が読み取れます。
4. 発表時にいただいたご意見と考察
発表時は、以下のようなご意見をいただきました。
- 乗り合いがどれくらい生じているのか。(そもそも、そんなに生じていないのでは?)
- 観光客の多い時や、集中する時/しない時ありそうだが、その状況によって、巡回バスが良かったり、オンデマンドバスが良かったりがありそうな気がする。
- 採算性が重要だと思うが、乗る人が少ないと採算が取れないし、乗る人が増えると経費もかかる。その辺りは、どう対応していくのか。
1点目に関しましては、②オンデマンドバスでの実験の際は今回、予約を出発の早い順に対応する形をとっており、ほぼ乗り合いが生じておりません(乗り合いが生じるのは、同じタイミングで同じバス停に複数の組が待っているときのみ)。これは自身の経験からですが、実際のオンデマンドバスでも、乗り合いが生じる場面は、現状はかなり少ないのではと推測しています。効率性を高めるために、乗り合いをどれだけ多く生じさせるかが1つのポイントになるため、量子コンピュータによる最適なルート生成が、この対策として活用できると考えています。
2点目のコメントに関しましてはおっしゃる通りで、巡回バスとオンデマンドバス、それぞれより効率的に活用できる場面があると著者も考えております。例えば、巡回バスは利用者が多くなれば、オンデマンドバスより効率的になるはずで、時間帯によって切り替えるようなハイブリッドなバスも実際に運用されています。今回のようなシミュレーションを、想定される条件を反映させて事前に実施しておき、状況によって利便性の高い形態に柔軟に切り替えられるといったことも可能になると思われます。
3点目に関しましては、乗客の数(得られる運賃)と移動量(経費)のバランスがポイントとなり、2点目と同様にシミュレーションが活きてくるところです。どれだけの乗客が生じた場合に採算が取れるかをあらかじめ把握しておくことで、より利便性の高く利益の出る形態に変更することが容易になると考えています。
採算性の観点では、上に挙げていたような人だけの効率的な移動だけでなく、人とものを同時に運ぶ、いわゆる貨客混載もあり得ます。特に地方での地域内輸送は距離の短さに対してコストがかかることがあり、オンデマンドバスでものを同時に輸送するのも効率化に貢献します。こういった観点も含めてシミュレーションや現場での検証実験を行えると、より現実的かつ有効な移動手段になっていくのではと考えています。
5. 最後に
本発表を通じて、オンデマンド交通だけでなく、既存のバス形態を含めた複数の形態を状況に応じて適用していく重要性を再認識したとともに、効率性を向上させるために量子コンピュータやシミュレーションを活用できそうな点を確認できました。また、本学会での発表を通じて、観光に関係する専門家とのつながりもできたことで、例えば2点目のご意見にあったような、観光客の特性を含めた検証を行う際などで連携できる可能性があると考えています。引き続きまして、地域での交通課題に関して取り組み、他の地域へも適用できるような成果を目指していきます。
担当者紹介
研究テーマ:量子コンピューティング、ビジョン明確化
担当者:藤田 光洋
コメント:量子コンピューティングを活用して、地域課題に取り組んでいます。
連絡先:NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ
ilab-contact@nes.jp.nec.com
