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健康診断結果から生活習慣病発症リスクをAIが予測
生活習慣の改善を啓発し、Well-beingに貢献

倉敷中央病院とNECソリューションイノベータの共同開発によって生み出された生活習慣病発症リスクを予測するAIが、2024年1月より、「NEC 健診結果予測シミュレーション」に組み込まれ、健診機関、企業、自治体への販売が開始されています。この予測AIがどのようにして生み出されたのか、既存のAIと比べてどのような優位性を持つのか、そして今後どのように発展させていくのかを、プロジェクトのキーパーソンである、デジタルヘルスケア事業推進室プロフェッショナルの安田光佑と、主任の耕由香里に聞きました。
倉敷中央病院の保有する膨大な量の診療情報をもとに
11種類の生活習慣病の発症リスクを予測するAIを開発
まずは、今回お話をおうかがいする「生活習慣病発症リスクを予測するAI(以下、予測AI)」とはどういったものなのかを教えてください。
安田 予測AIは、公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 倉敷中央病院とNECソリューションイノベータが共同開発した、生活習慣病の発症リスクを予測するAIモデルです。健康診断の結果から、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、動脈硬化、急性心筋梗塞など、11種類の生活習慣病が4年以内に発症する可能性を予測できるようになります。

どういった経緯で開発されることになったのでしょうか。
安田 これからの医療をサステナブルなかたちで運営していく上で、「治療」から「予防」へのシフトは不可欠です。そうした「予防」に向けた動きとして、多くの企業で健康診断が実施されていますが、個人がその結果を正しく理解するのは難しいですよね。
たしかに「γ-GTPが高い」と言われても、それによって何が起こるのか、具体的にどう予防すればいいのかわからないですよね。
安田 そうした課題をテクノロジーの力で何とかできないかと、倉敷中央病院の先生方が考えられたのが、この予測AIの開発プロジェクトが立ち上がったきっかけです。倉敷中央病院には10年以上に渡って蓄積された約45万人分の匿名化済みカルテ情報があり、このビッグデータを活用することで何かができるのではないかということで、我々にお声がけいただきました。
約45万人分のカルテ情報がデータ化されているというのはすごいですね。
安田 このデータの本当の価値は、併設されている倉敷中央病院付属予防医療プラザの健康診断のデータ約10万人分と紐付けられていることです。カルテには体調を崩してからの情報しか記載されていないのですが、一般向けに人間ドッグなどのサービスを提供している予防医療プラザが持つ情報には、健康な頃からの情報が記載されています。年齢層についても、前者がどうしても40代以降中心になってしまうのに対し、後者は幅広くなっています。

そんな貴重な医療ビッグデータから生み出されたのが、この予測AIということなのですね。
安田 予測AIの一つの特徴として、身体全体を包括的に把握できるようにしたことが挙げられます。心臓の病気、脳血管の病気、それ以外のさまざまな臓器の病気など、多くのリスクが一度にわかるようなものを目指しました。特定の病気にだけ注目する手法では見逃されてしまうリスクにも気付ける可能性があることが大きなポイントです。
耕 NECソリューションイノベータでは、法人向けサービス「NEC 健診結果予測シミュレーション」にこの予測AIを組み込み、2024年1月より販売を開始しています。当シミュレーションは、健診データから将来の検査値を予測して生活習慣の改善に貢献するサービスですが、「検査値が将来悪化する」という結果が出てもあまり自分ごとにとらえてもらえず、生活習慣の改善につながらない場合もありました。今回、この予測AIを組み込み、具体的な病名とその発症リスクを予測することで、より強く健康意識に働きかけ、生活習慣の改善意欲を高めることができるのではないかと考えています。また、発症予測をもとに適切な検査につなげることで、早期発見までカバーすることも期待しています。

作りあげた予測AIをNECソリューションイノベータならではの
ノウハウでさらに磨き上げサービスとして展開
「NEC 健診結果予測シミュレーション」では、予測AIを用いて具体的にどういったアドバイスをしてくれるのでしょうか。また、人間ドッグなどで受けられるアドバイスと異なる点を教えてください。
耕 生活習慣を改善した場合の効果をシミュレーションし、一人ひとりに最適な生活習慣をおすすめすることができます。保健指導の場面では、医師や保健師の指導内容をデータに基づいた予測で裏付けし、説得力をより増すことができます。

また、予測結果や生活への影響をグラフやイラストなどで視覚的にわかりやすく見せることで、自分ごととして捉えていただけるように工夫しています。単に発症リスクを知らせるだけでなく、予測された病気を発症した場合、一般的に入院期間がどれくらいになるのか、費用がどれくらいかかるのかをビジュアルで表現します。気になる人には、詳細な検査を検討できるよう関連するオプション検査の情報を提供します。

「NEC 健診結果予測シミュレーション」に予測AIを組み込むうえで、どういった苦労があったのかもお聞かせください。
耕 AIで導き出した発症リスクを、どのように表現すれば価値を生み出せるのかという検討に時間をかけました。このサービスは個人だけでなく医師や保健師の方も利用するため、個人が生活習慣を改善するきっかけとなるかどうか、医師や保健師の方が面談の場で使いやすいか、説明しやすいか、また大前提として、ヘルスケア関連法令を含む法務観点で問題はないかなど、それぞれの視点から検討を重ね、デザイナーの協力も得ながら試作を繰り返しました。

医師や保健師の方からはどのようなフィードバックがあったのですか。
耕 たとえば、当初は予測の結果を1画面にずらっと並べていたのですが、それだと健康診断の限られた面談時間内では説明しきれないという声がありました。そのため、生活習慣を改善すると発症リスクの低下が見込める疾患をピックアップして表示するかたちに改めています。もちろん、気になる人は全ての情報も確認できるのですが、まずはどこから改善していくべきかがわかりやすく、説明しやすくなっています。
安田 潤沢な医療データがあって、正しく機械学習をさせれば、それで優秀な予測AIができるかというと、そんな簡単な話ではありません。医療現場の最前線に立たれている倉敷中央病院の先生方と良好な関係性を築き、フィードバックをいただきながら、予測モデルを作りあげていく必要がありました。UIの改善も含め、長らく医療関連サービスに取り組んできたノウハウや知見を持つNECソリューションイノベータだからこそ作りあげることができたのだと自負しています。
予測AIの開発、展開はまだ道半ば
さらに精度を高め、適用範囲を広げ、Well-being向上に貢献していきたい
この予測AIがどれくらい信用できるものなのかと感じる人も少なくないのではと思います。どれくらいの精度が期待できるものなのでしょうか。
安田 こうした予測モデルの精度を調べる指標の一つに「AUC(Area Under the Curve)」というものがあります。この指標を用いて、現在世間で広く使われている予測モデルと当社の予測AIが同レベルの精度を出せることを確認しています。
研究の信頼性は、その研究をどういうかたちで進めるかというデザインで決まってくるのですが、本件はコホート研究と呼ばれる信頼性の高い観察研究手法で行われています。これは、医薬品を作るようなケースで使われるRCT(Randomized Controlled Trial/無作為化比較試験)の次に信頼性が高い手法とされており、健診結果と疾患発症の関連性、再現性を高いレベルで担保できていると考えています。
最後に、この予測AIと「NEC 健診結果予測シミュレーション」のこれから、NECソリューションイノベータが目指すヘルスケア領域の姿についてもお話しください。
安田 今回、最初のバージョンとして、汎用性が高く、誰にでも使っていただける11の疾患リスクを可視化するモデルを作りあげることができました。ただ、倉敷中央病院のデータには他にも多くの情報が含まれていますから、今後はそうしたデータを使って、より精度を高め、より多くの疾患を予測できるようなAIを作りあげていきたいですね。
またデータについても、今後は倉敷中央病院のものだけでなく、それぞれのユーザーがウェアラブル端末で取得した睡眠情報や血圧などのログデータも利用できるようにして、年に1度の健康診断では取りこぼしてしまうような疾患リスクにも対応できるようにしていければと考えています。
耕 超高齢社会が進む日本では、医療費適正化、健康寿命の延伸が課題になっています。また、いま世界中で「Well-being(ウェルビーイング)」への関心が高まっており、私たちもそれをどのように高めていけるのかを模索しているところです。
Well-beingを高める上では、自身のありたい姿に向けて様々な選択肢があり、それを自身で選択できることが重要だと言われています。この社会的な動きを受けて、これからのヘルスケアサービスは、単に身体の検査値が悪くない、病気にならない、という観点だけでなく、たとえ病気になったとしても個人の豊かな生活を目指すことが重要になっていくでしょう。今後は、個人の幸福感など主観に目を向けたWell-beingに貢献するサービス・テクノロジーをさらに充実させていきたいですね。
これからも、生活や人生の楽しみにつながる個人に寄り添った選択肢や選択を促す気づきをテクノロジーで提供することで、検査値や疾患発症リスクを数値で表す「客観的なWell-being」だけでなく、「主観的なWell-being」を高めていくことを目指します。

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UPDATE:2024.03.12