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働きながら大学院へ
犯罪対策システムの開発で治安向上に貢献

NECソリューションイノベータで働きながら東北大学大学院で学び、その知見を活かして犯罪対策システムの開発に取り組む警察警備中央ソリューション統括部の足立浩基。リスキリングの一環として、同大学院の環境科学研究科および災害科学国際研究所の客員研究員として、犯罪対策と災害対策の研究を続けています。近年、社会人の学び直し(リスキリング)がキャリアアップやスキル向上の手段として注目される中、足立もまた新たな知識を積極的に習得しています。今回は、足立の恩師である、環境科学研究科教授の中谷友樹氏を交え、大学院での学びが業務にどう活かされているのか、また、働きながら学ぶことの意義について聞きました。

エンジニアから研究者へ 大学院での学びがキャリアを広げる

これまでどのような業務を担当されていたのですか?

足立: NECソリューションイノベータで長年、犯罪情報を登録・管理するシステムの開発に携わってきました。そのなかで、ビッグデータ活用やデータ分析の機運が高まっていたこともあり、犯罪対策のために何かできないだろうかと模索していました。その過程で、警察が学術機関と連携し、データを分析して犯罪対策を強化する取り組みを進めていることを知り、当時、立命館大学にいらっしゃった中谷教授の協力を得て、犯罪データの解析を進めることになったのです。私は学部・修士で理論物理学を専攻していたこともあって、数式を使って現象のメカニズムを調べることが好きでしたので、データ解析に楽しく取り組めました。

足立 浩基(あだち・ひろき)
パブリック事業ライン 警察警備中央ソリューション統括部 シニアプロフェッショナル
中谷教授の研究内容について教えてください。

中谷教授:私は健康地理学・空間疫学・地理情報科学を専門としています。地理学をもとに地理的なデータを統計解析・可視化し、健康や病気の研究に応用する学問です。 例えば、特定地域におけるがんの罹患者数やがんの種類を分析し、環境との関連性を探る研究を行っています。

中谷 友樹(なかや・ともき)氏
東北大学大学院 環境科学研究科 教授
大学院に進学したきっかけは?

足立:警察のシステム開発に携わるなかで、データ解析が単なる業務ではなく、学術的な発見につながる可能性があることに気づきました。より深く犯罪分析を学びたいと考えていたところ、中谷教授から「研究室で一緒に研究しませんか」と声をかけていただいたのです。ダメ元で当時の上司に相談したところ、会社としても大学院での学びを支援してくれたため、会社で働きながら博士課程への進学を決意しました。

もちろん、学術的なバックグラウンドがないなかでの挑戦だったため、勉強時間が相当必要でした。業務時間の半分を研究に充て、退勤後や休日には論文を読みあさる日々。私は大阪で勤務しながら東北大学大学院に通うという環境でしたが、入学した年に新型コロナウイルスの影響で授業がリモート中心となり、研究発表などもオンライン開催へと移行。そのため、大学には月1回、3日間程度の出張ベースで通う形となりました。こうした環境の変化も活用しながら、3年間の学びを経て卒業し、現在は客員研究員として月に1回程度、大学院に通いながら、研究と業務を両立しています。

近年、リスキリング(社会人の学び直し)が注目されている中で、大学院に通う社会人の方も増えているのでしょうか。

中谷教授:私の研究室では社会人学生はそれほど多くはありませんが、足立さんと同様に働きながら通うケースもあれば、仕事を辞めて学業に専念するケースもあります。足立さんのように、「会社での業務に活かすために大学院で学ぶ」というケースは、リスキリングの観点からも理に適っており、学びをそのまま業務に反映できることや、卒業後のキャリアパスが明確であることから、キャリア形成の面でも安心感があります。

また、大学院での学びを業務に還元したり、逆に実務での経験を研究に活かしたりできるのは、社会人学生ならではの強みですね。そうした実践的な視点がゼミ内で共有されることで、他の学生にとっても視野が広がり、学びが深まっていると感じます。

足立さんはシステムエンジニアとしてシステムを構築する専門性を持ちながら、大学院で犯罪データの解析手法を学んだことで、より高度なソリューションを開発できるようになっています。今後も大学院で新しい学びをたくさん得られると思いますし、我々にとっても新たな気づきを与えてくれる存在です。

大学院での研究結果を未来の防犯対策へ活かす

お二人が大学院で行っている研究について教えてください。

中谷教授:私たちは、健康地理学や空間疫学を駆使して、犯罪分析に多角的なアプローチをしています。健康地理学や空間疫学は、病気や感染症の発生状況を、地理的、環境的、そして人々の行動要因や社会的な要因と結びつけて解析する学問です。

実は、病気や感染症の発生パターンと犯罪の発生には共通点が多く、それらの知見を犯罪分析に応用することが可能です。例えば、ある地域で特定の感染症が広がっている場合、その集中の程度や地域の地理的特徴との関係を計算する方法があります。この方法を犯罪パターンに応用することで犯罪リスクを計算できるのです。このように、犯罪を地図上で可視化することで、より効果的な防犯対策が打てるようになります。現在では、AI技術を活用した防犯対策の研究も進めています。

AIを活用した防犯対策とは具体的にどのようなものでしょうか?

足立:AIを活用して、犯罪と地理的な環境要因の関係を解析したり、犯罪発生リスクを算出する新しい手法を開発しています。ここでいう「環境要因」とは、地域にどんな施設があるか、道路の構造、人の流れや密度、時間帯によって集まる人々の属性(性別・年齢層など)といった、犯罪発生に影響を与える周辺の状況を指します。こうした研究分野は、しばしば「犯罪予測研究」とも呼ばれています。
最近は、そうした要因が犯罪発生に与える影響をより具体的に把握するため、実際の地域データを用いた研究も進めています。例えば、ある地域で、性別・年齢層別の人の多さを1時間ごとに記録したデータから人々の動きのパターンを見つけ出し、それを実際に発生した犯罪のデータと照合することで、「どの時間帯に、どの性別や年齢層の人々が集まると、どのような犯罪が起こりやすいのか」を明らかにすることができます。

さらに、犯罪者の手口と犯罪発生リスクの関連性についても研究しています。多くの犯罪者は同じ手口を繰り返す傾向がよく知られており、例えばピッキングによる不法侵入を行った犯罪者は、その手法を再び使用することがよくあります。そこで、同じ手口を繰り返し使っている犯罪者が捕まった場合、犯罪率の変動にどのような影響を与えるのかを分析し、防犯対策に役立てたいと考えています。

中谷教授:犯罪が発生しやすい環境や地域についての犯罪予測情報は、警察署などでも活用されており、粒度はさまざまですがある程度オープンに提供されています。しかし、「犯罪予測」という言葉がしばしば誤解され、実際には「将来の犯罪を予測して未然に防ぐ技術」という意味であるにもかかわらず、ときに「このような人物が犯罪者になりやすいのではないか」といったニュアンスで捉えられることがあります。この誤解は、私たちの研究の本意とは異なります。

私たちの研究は、犯罪を個人的なものではなく集団的な現象と捉え、犯罪が発生しやすい環境や社会的条件に着目しています。そのため、犯罪データを解析する際には、犯罪が生まれやすい「環境」を理解することが重要です。AIを活用した防犯対策は今後さらに普及していくと思われますが、同時に「犯罪予測」という言葉が本来の意味で理解されることが必要だと感じています。

データ×AI×地域連携でつくる、進たな防犯アプローチ

今後、どのような防犯対策の研究を進めていきたいですか?

中谷教授:犯罪予測の結果が、どれほど犯罪率の低下に貢献したのかを正確に分析するのは、現時点では難しいのが実情です。なぜなら、防犯活動の実施は警察の判断に委ねられており、私たちの研究だけでは予測結果が実際の活動にどう活かされたか、その効果を把握しきれないからです。たとえ、ある場所の犯罪発生リスクが高いと予測されていたとしても、パトロールの途中で緊急対応が入るなどの理由で、結果的にそのエリアで防犯活動が行えないケースもあります。
だからこそ、実際にどこでどんな防犯活動が行われたのかといった記録を含めた詳細なデータの収集や、それを分析する手法の発展が今後の重要な課題となります。これが実現できれば、防犯対策をより高度に進化させていけるはずです。

足立:今後はAIを活用して、犯罪発生リスクが高いエリアに対して実施した対策の効果をしっかりと評価することも大切になってきます。例えば、あるエリアでパトロールの頻度を増やした場合、犯罪発生率がどう変化したのか。そうした因果関係をデータで明らかにすることで、より実効性の高い防犯対策を提案できます。

また、データやAIの活用にとどまらず、地域社会との連携を通じて、犯罪を引き起こしやすい環境要因を見つけ出し、適切な対策を講じていくことも欠かせません。

NECソリューションイノベータでは、犯罪発生リスク分析システムを、利用者が直感的に活用できるものにすることを重視しています。そのために取り組んでいるのが、AIの「解釈可能性」の強化です。つまり、なぜそのような予測が導き出されたのかを、誰にでもわかりやすく説明できることが大切だと考えています。
さらに近年は、時間的・空間的にきめ細かく記録されたデータが増えてきています。これは警察だけではなく、地域住民にとっても、自分たちの街の状況を把握するうえで大きな手がかりになります。だからこそ、私たちは分析結果の「可視化」にも力を入れています。データを見やすく、直感的に理解できる形で提示することで、多くの人が活用しやすい仕組みを追求していく。それが、より安全な社会づくりへの一歩になると信じています。

【中谷友樹教授 プロフィール】

中谷友樹(なかや・ともき)
東北大学 大学院環境科学研究科 先端環境創成学専攻 都市環境・環境地理学講座 環境地理学分野 教授、地理学およびGIS関連の教育・研究指導のため理学研究科/理学部地学専攻教授を兼担。博士(理学)。1997年4月から2018年まで立命館大学地理学教室に勤務し、2018年4月より現職。
人文地理学に関連した地理情報科学の分析・視覚化方法論、およびそれらを活用した地理学的な空間データ解析研究を専門とし、地理学的社会格差論、健康地理学/空間疫学、犯罪の空間分析、災害研究に関する領域での研究プロジェクトを重点的に進めている。

UPDATE:2025.4.23