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学会・研究成果発表

日本認知・行動療法学会第50回記念大会にて、弊社が開発した「自分日誌」アプリの効果検証についての研究発表を行いました

DATE:2024.10.23
研究テーマ:心理学的行動変容

2024年9月22日~24日にパシフィコ横浜で開催された日本認知・行動療法学会第50回記念大会において、「セルフ・モニタリングアプリ「自分日誌」の利用による心理的効果の検討―個別化されたセルフ・モニタリングの効果―」というタイトルでポスター発表を行いました。本記事では、こちらの発表内容についてご紹介します。

「自分日誌」アプリとは

私どもが研究開発したスマートフォンアプリ「自分日誌」は、セルフ・モニタリングの技法を用いて習慣化や行動変容を支援し、目標達成やワークスタイルの変容を目指すためのアプリです。日々の記録だけでなく、心理学に関する知識提供、目標設定、記録の振り返りや分析の機能を搭載したことで、ただ記録するだけでなく、効果的に記録し、それらを活用することを目指しています。アプリの詳細についてはこちらのページ[1]をご覧ください。

近年では、セルフ・モニタリングを手軽に行うためのアプリケーションが数多く開発されていますが、より個別化されたセルフ・モニタリングを実現するために本アプリが開発されました。項目のカスタマイズ機能や記録項目同士の分析機能などが搭載されており、認知行動的視点からセルフ・モニタリングを支援する点が「自分日誌」アプリの大きな特徴です。

図1 「自分日誌」アプリの主な機能
図1 「自分日誌」アプリの主な機能

セルフ・モニタリングとは

セルフ・モニタリングとは、自分の行動の頻度や生起する状況を観察、記録、評価することにより、自分の行動に対する気づきを深める方法のことです[2]。セルフ・モニタリングの主な効果は、自分の行動や態度、感情などを観察し記録することで、具体的で客観的な気づきが得られることとされています[3]
セルフ・モニタリングを行って自分の特定の行動を観察し評価することで、自らの行動を促進あるいは抑制することに繋がるため、その行動の生起頻度を変容させることができると考えられています[4]。これにより、セルフ・モニタリングはセルフコントロール(自己制御)を促進するための手法としても活用されています。なお、セルフコントロールとは、自己の理想的な状態を設定し、その状態へと近づいていくために行動や思考を調整するプロセスのことです[5]
また、自分の特徴理解を目指し、個人に最適化された行動や状態をモニタリングすることで、長期的なストレス反応の低減といった効果も得られることが示されています[6]。つまり、自分に合ったセルフ・モニタリングを行うことで、ストレスに上手く対処できるようになることも期待できるといえます。

どのような心理的効果を想定していたか

今回の実証研究では、セルフ・モニタリングに関する心理学の先行研究をレビューした結果を踏まえ、以下の仮説を立てて「自分日誌」アプリの利用による心理的効果を検証することとしました。

  • 1.
    自己理解が深まる(自分自身についての気づきがもたらされる)
  • 2.
    セルフコントロール(自己制御)ができるようになる
  • 3.
    問題解決に必要な思考や行動が増える
  • 4.
    個別化されたセルフ・モニタリングの効果として、ストレスに対処するための心の柔軟性(レジリエンス)が高まる
  • 5.
    日々の仕事のパフォーマンスを向上させる(※予備的検討)

4点目のレジリエンスについて少し補足をしますと、レジリエンスとは「困難で脅威的な状況にもかかわらず、うまく適応する過程・能力・結果」のことであり[7]、精神的回復力とも呼ばれる概念です。ネガティブな出来事を経験したにもかかわらず精神的に健康な人において、レジリエンスの平均値が高いことが示されていること[8]などから、個別化されたセルフ・モニタリングの効果としてレジリエンスが向上するのではないかと考え、今回の検証を行いました。なお、レジリエンスは誰もが獲得でき身につけられる能力であるとされており[9]、年齢とともに上昇することも示唆されています[10]

実証実験の方法

今回は、NEC-G内で実証実験の参加者を募集しました。総勢74名の方がご協力くださり、最終的に52名分のデータを仮説検証に用いました。
参加者の皆様には、まず事前調査にお答え頂きました。調査内容は、仮説検証に用いる心理尺度などでした(表1)。その後、社用スマートフォンにアプリをダウンロードするよう依頼し、そこから4週間アプリを使用して頂きました。
4週間のアプリ使用期間が終了した後に、事後調査にお答え頂きました。事後調査では、事前調査と同じ心理尺度に加え、アプリの使用感についても回答をお願いしました。(アプリの使用感につきましては、本発表では割愛しております。)

表1 今回の効果検証で使用した指標

表1 今回の効果検証で使用した指標

実証実験の結果

アプリの使用頻度の個人差が大きかったことと、今回はあくまで“アプリを使用することでどのような効果が得られるか”を検証したかったことから、アプリの記録機能を週3回以上の頻度で使用したと事後調査で回答した方(n=28)のみを分析対象とし、仮説の検証を行いました。
各指標の介入前の得点(pre得点)の平均値で分析対象者を高群と低群に分け、時点(介入前 or 後) × pre 得点(高群 or 低群)の2要因分散分析で得点の比較を行ったところ、以下の結果が得られました(図2)。

図2 介入前後の各得点の変化
図2 介入前後の各得点の変化

すなわち、アプリを週3回以上4週間使用することによって、

  • 自己理解が促進される
  • もともとセルフコントロールの得点が低かった群において、セルフコントロールが向上する
  • レジリエンスの中でも、楽観性や社交性といった「ストレスに振り回されず、ポジティブに、周囲のサポートを得ながら目標を達成するための精神的回復力」が向上する
  • もともと仕事のパフォーマンスが低かった群において、仕事のパフォーマンスが向上する

といった効果が得られることが示されました。しかし、問題解決に必要な思考や行動については改善がみられませんでした。

考察―「自分日誌」アプリの特長―

以上の結果から、「自分日誌」アプリを一定期間以上ある程度の頻度で使用することによって、自己理解が深まり、セルフコントロールのスキルが向上するといえます。これらの効果は、既存の研究で示されていたセルフ・モニタリングの主要な効果[4]と一致していることから、まず「自分日誌」アプリはセルフ・モニタリングアプリとして必要な性能を兼ね備えていると考えられます。
個別化されたセルフ・モニタリングの効果としてのレジリエンスの向上という点では、楽観性、統御力、社交性についてアプリの使用効果が示されました。これらは、レジリエンスの中でも資質的レジリエンス要因と呼ばれる分類の構成要素であり、「ストレスに振り回されず、ポジティブに、周囲のサポートを得ながら目標を達成するための回復力」に含まれます[11]。したがって、「自分日誌」アプリにおける個別化の機能は、先行研究[6]で示されたように、ユーザーの精神的回復力を効果的に発揮してストレス反応を低減させる手助けになりうると考えられます。
さらに、予備的に検討した仕事のパフォーマンスについても、アプリの使用効果が示唆されました。自己概念を明確にすることで自己改善動機が喚起され、他者からのフィードバックを求める行動や、そのフィードバックに基づく行動変容が促進されるという先行研究の知見[12]を踏まえ、「自分日誌」アプリの使用による自己理解の向上が適切な業務改善行動にも結びつくのではないかと考察しております。

今後の課題

介入後の調査においてアプリの使用感などを尋ねたところ、一部の参加者様から「既存の記録アプリとの違いがわからない」、「入力が手間」、「記録がどのように活用されているのかがわからない」といったお声を頂き、これらの要因が継続利用の障壁となっていることが伺えました。そのため、今後は機能改善やUIの工夫によってアプリの継続利用をさらに促進し、効果の安定性を向上させる必要があると考えています。また、生産性の向上に対するアプリの使用効果も示唆されたことから、産業場面や教育場面における応用可能性を検討していきたいと考えています。

さいごに

今回のポスター発表には、アプリにご関心を持たれた多くの先生方にお越しいただき、研究への応用や臨床への応用などさまざまな可能性について議論することができました。私どもとしましても、幅広い場面で本アプリを活用して頂けますと幸いに思います。
「自分日誌」アプリは、App StoreとGoogle Playにて無償公開されています。ご興味のある方は、ぜひダウンロードして使ってみてください。また、実証実験などでご利用になりたい場合は、お気軽にお問い合わせください。

引用文献

  • [1]
  • [2]
    松本 聰子 (2005). セルフモニタリング 坂野 雄二(編) 臨床心理学キーワード(補訂版)(pp. 231– 232) 有斐閣双書
  • [3]
    岩本 隆茂・坂野 雄二・大野 裕 (1997). 認知行動療法の理論と実際 培風館
  • [4]
    Nelson, R. O., & Hayes, S. C. (1981). Theoretical explanations for reactivity in self-monitoring. Behavior Modification, 5(1), 3–14.
  • [5]
    Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191-215.
  • [6]
    野中 俊介・原 剛・尾棹 万純・森田 典子・嶋田 洋徳 (2019). セルフ・モニタリングがストレスマネジメント教育におけるコーピングレパートリーの獲得に及ぼす影響 Journal of Health Psychology Research, 31(2), 113–121.
  • [7]
    Masten, A. S., Best, K. M., & Garmezy, N. (1990). Resilience and development: Contributions from the study of children who overcome adversity. Development and Psychopathology, 2(4), 425–444.
  • [8]
    小塩 真司・中谷 素之・金子 一史・長峰 伸治 (2002). ネガティブな出来事からの立ち直りを導く心理的特性―精神的回復力尺度の作成― カウンセリング研究, 35(1), 57–65.
  • [9]
    Grotberg, E. H. (2003). What is resilience? How do you promote it? How do you use it? In E. H. Grotberg (Ed.), Resilience for today: Gaining strength from adversity (pp. 1– 30). Praeger Publishers.
  • [10]
    上野 雄己・平野 真理・小塩 真司 (2018). 日本人成人におけるレジリエンスと年齢の関連 心理学研究, 89(5), 514-519.
  • [11]
    平野 真理 (2010). レジリエンスの資質的要因・獲得的要因の分類の試み―二次元レジリエンス要因尺度(BRS)の作成 パーソナリティ研究, 19(2), 94-106.
  • [12]
    北村 雅昭 (2022). キャリア研究における未来の自己概念―文献レビュー― 京都女子大学現代社会研究, 24, 37-53.

担当者紹介

研究テーマ:心理学的行動変容
担当者:市川 玲子
コメント:心理学に関する研究業務全般を担当しています。博士(心理学)・公認心理師です。もともとはパーソナリティ心理学や異常心理学の研究をしていました。
連絡先:NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ
bt-design-contact@nes.jp.nec.com