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学会・研究成果発表
日本心理学会第88回大会にて、就業者の主観的生産性とwell-beingの関連についての研究発表を行いました
DATE:2024.11.11
研究テーマ:心理学的行動変容
2024年9月6日~8日に熊本城ホールで開催された日本心理学会第88回大会において、「就業者における主観的生産性とwell-beingの関連」というタイトルの一般研究発表(ポスター発表)を行いました。本記事では、こちらの発表内容についてご紹介します。
“主観的な”生産性とは
労働者(就業者)の生産性は、経済学においては「労働者一人あたりの産出量あるいは労働1時間あたりの産出量[1]」が指標とされており、心理学においては「健康問題による休業(absenteeism)や労働遂行能力の低下(presenteeism)がみられないこと」が指標とされてきました[2]。
これらの指標は、第一次産業や第二次産業の現場で働く労働者の生産性をとらえるには有用な指標であると考えられます。それは、時間あたりの作業量や就労時間の長さがパフォーマンスの量と強く関連するためです。
しかし、現代は第三次産業の従事者が増え、さらに労働時間を柔軟に決められる働き方が浸透していることから、機械的に測定できる「生産量」だけで個人の生産性を評価することは難しくなっています。また、残業時間の抑制も重要な課題となっており、長時間働くことそのものが評価されることは少なくなりました。そうなると、就業時間中にいかに効率よく成果をあげられるかが重視されることとなり、またパフォーマンスの量だけでなく質も求められることが一般的になりつつあるといえます。
したがって、現代においては就業者の生産性の高さをとらえる際に、健康上の問題がない就業者における生産性(業務上のパフォーマンス)にも個人差があることを考慮し、欠勤や休業の実態および健康状態だけでなく、それ以外の要因も指標に含める必要があると考えました。
以上のことから、私どもは、さまざまな業種で活用できると考えられる、就業者の主観的な生産性を測定する心理尺度を開発しました[3]。ここでは、就業者の主観的な生産性が高い状態を「今やるべきことに対して集中が持続し、仕事の量と質がともに高いと思っている状態」と定義し、そのような状態で経験されるさまざまな特徴をボトムアップで整理して五つの観点にまとめました。
主観的生産性尺度を開発した研究につきましては、既にリリースしておりますので、詳細はこちら[4]をご覧ください。なお、我々が抽出した「主観的生産性が高い状態で経験される状態」の五つの下位因子は表1の通りです。
表1 主観的生産性尺度の五つの下位因子
本研究のリサーチクエスチョン
さて、近年の厚生労働省は、働き方改革関連法により、就業面からのwell-beingの向上と生産性向上の好循環を推進しています[5]。主観的well-beingは、人生満足度などの認知的評価と、現在の生活に対する感情的反応の両方を含むとされており、心身の健康、支援的な社会的関係、仕事のパフォーマンス、収入などと幅広く関連することが示されています[6]。
しかし、我々が整理して尺度化した就業者の主観的な生産性と関連する要因[3]が、well-beingとどのように関連し合うかは明らかにされていませんでした。そこで、これらの詳細な関連を明らかにすれば、両者をどのように向上させることが効果的であるかの仮説構築ができるのではないかと考え、分析を行いました。
調査方法
調査会社の登録モニターのうち、回答時に通常勤務ができている20~59歳の男女計800名(男女同数; 平均年齢40.29歳、SD=10.86)を対象にweb調査を実施しました。今回の分析に使用した心理尺度は表2の通りです。Well-beingや幸福感については、その多様な側面を網羅的に測定するために複数の心理尺度を使用し、主観的生産性のそれぞれの下位因子と特異的に関連する側面を明らかにすることを目指しました。
表2 本研究の調査に使用した心理尺度一覧
分析結果とそこから考察したこと
主観的生産性の五つの下位因子を説明変数、well-beingや幸福感の各下位因子を目的変数とした重回帰分析を実施しました。その結果、主観的生産性の五つの下位因子は、well-beingや幸福感の異なる側面とそれぞれ関連することが明らかとなりました(図1)。
図1 主観的生産性とwell-beingおよび幸福感との関連
主観的生産性の各下位因子についてそれぞれ特徴を整理すると、まず「仕事のパフォーマンス」は能力に関する自己肯定感にまつわるwell-beingと関連していました。「仕事仲間との関係の良さ」は、協調的幸福感ではなくwell-beingの一側面としての、他者との信頼関係や求められる役割を果たしている感覚と関連していました。「余裕のなさ」は、人生全般に対するネガティブな展望と関連していたことから、多忙と心理的資源の枯渇は一時的な精神的不調だけでなく、中長期的な時間的展望にも影響を及ぼすことが考えられます。「プライベートの充実感」は、全般的な満足感や幸福感、そして人生全体に対するポジティブな展望と関連していました。「経済的満足」は、これまでの出世や成功といった社会的承認に関する肯定的な自己評価と結びついているといえます。
以上のことから、主観的生産性の各下位因子は、能力に関する自己評価だけでなく、他者との信頼関係や役割感、これまでの成果、現在だけでなく未来も含めた時間的展望とも関連するといえます。したがって、主観的生産性とwell-beingの向上は、現在の業務の遂行や健康だけに着目するのではなく、各個人の「これまで」と「これから」を含めた包括的なキャリア発達・キャリア形成の観点も含めて統合的に推進する必要があるのではないかと考察しました。
おわりに
今回の発表日時は会期中の最終日でしたが、産業・組織心理学などを専門とされている多くの先生方にお越し頂き、活発な議論を交わすことができました。その中で、主観的生産性尺度の妥当性をより高めるために必要な研究手法に関する知見や、今後のさらなる研究を進めるにあたっての有益なご示唆を賜りました。頂いたご意見をもとに、次なる研究の構想や来年の発表計画を考えてまいります。
参考:
- [1]前田 泰伸 (2019). TFP(全要素生産性)に関する一試論―経済マクロモデルによる実験的シミュレーションも含めて― 経済のプリズム, 183, 10–27.
- [2]山下 未来・荒木田 美香子 (2006). Presenteeismの概念分析及び本邦における活用可能性 産業衛生学雑誌, 48, 201–213.
- [3]市川 玲子・鈴木 美穂・谷沢 典子・秋冨 穣 (2024). 就業者個人の生産性の高さを測定する尺度の開発 心理学研究, 95, 232–241.
- [4]
- [5]雇用政策研究会 (2019). 雇用政策研究会報告書―人口減少・社会構造の変化の中で,ウェル・ビーイングの向上と生産性向上の好循環,多様な活躍に向けて― 厚生労働省
- [6]Diener, E., Oishi, S., & Tay, L. (2018). Advances in subjective well-being research. Nature Human Behaviour, 2, 253–260.
担当者紹介
研究テーマ:心理学的行動変容
担当者:市川 玲子
コメント:心理学に関する研究業務全般を担当しています。博士(心理学)・公認心理師です。もともとはパーソナリティ心理学や異常心理学の研究をしていました。
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