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学会・研究成果発表

日本パーソナリティ心理学会第34回大会にて、就業者の主観的な生産性を促進する要因の年代差についての研究発表を行いました

DATE:2025.11.7
研究テーマ:心理学的行動変容

2025年10月4日~5日に信州大学松本キャンパスで開催された日本パーソナリティ心理学会第34回大会において、「就業者の主観的生産性とその促進要因の発達的変化」というタイトルでポスター発表を行いました。本記事では、こちらの発表内容についてご紹介します。

現代の就業者に求められる生産性の向上

将来的な労働需要の増加と生産年齢人口の減少を鑑み、一人ひとりの労働生産性の向上が喫緊の課題となっています[1]
今年度の日本心理学会で私どもが行った一般研究発表[2]において、自分のキャリアや能力に適した業務に集中して従事できる環境が職務パフォーマンスを向上させうることと、高い職務パフォーマンスがさらなる業務の効率化につながることを示しました。つまり、仕事に没頭できている感覚に加えて「業務内容をどのように認知するか」が職務パフォーマンスの高さに影響を及ぼし、職務パフォーマンスの自己評価が高いほど効率よく業務をこなすことに繋がるといえます。この他にも、さまざまな研究で、職務パフォーマンスを向上させる要因に関する多様な側面からの検討がなされています。

職務パフォーマンスの向上とキャリア発達の関連

現代は、職業生活が長期化する中で、就業者が自身のキャリア形成を勤務先のみに依存することなく自らキャリアを切り開くことも求められています[3]。自らのキャリアを切り開いていくことは、心理学において「キャリア発達」と呼ばれており、古くから多くの研究が行われてきました。具体的には、「就職・人事異動・転職・失業など人生の中で幾回も遭遇する移行期において、主体的な選択と意思決定を繰り返す過程で経験される“選択と適応の連鎖の過程”」といったように捉えられており、生涯にわたって発達していくプロセスであることが強調されています[4][5]
そして、先行研究において、職務パフォーマンスとキャリア発達が密接に関連していることが明らかにされています。たとえば、職務パフォーマンスの主観的評価は45歳以降で特に高くなり、同時にキャリアの不透明性の低下やキャリアの自律性の向上といった変化もみられることが示されています[6]。この理由として、個人が一つ一つの仕事に継続的に取組むことと、仕事上の役割を果たしていくことによってもたらされる職業行動の変化がキャリア発達に影響を与えること[7]や、生涯を通じた仕事へのチャレンジや役割の経験、継続的な学習によってキャリア発達が促進されること[8]が関連していると考えられます。

本研究のリサーチクエスチョンと目的

しかし、職務パフォーマンスと年齢の関連(職務パフォーマンスの年代差)に関する研究結果は一貫していません[9]。キャリア発達に関する各理論[4][5][7][8]を踏まえると、職務パフォーマンスは単純に年齢に比例して向上するだけでなく、年代によって上昇幅が異なるといったより複雑な変化を遂げる可能性がありますし、また職務パフォーマンスに影響を及ぼす要因も質的に変化していくことが考えられます。
そこで今回発表した研究では、成人期における職務パフォーマンスやキャリア発達に関する指標の年齢による変化の軌跡と、世代ごとのこれらの変数間の関連の違いを検討しました。この研究で得られる知見によって、より幅広い層の就業者の生産性を向上させるために、年代やキャリア発達の水準ごとに異なる施策を提案できる可能性があると考えました。

研究の方法――web調査による量的研究――

調査会社の登録モニターのうち、回答時に正社員・正規職員として通常勤務ができていた20~69歳の男女計3,000名(男女同数; 平均年齢44.64歳、SD=13.12)を対象にweb調査を実施しました。今回の分析に使用した心理尺度は表1の通りです。今回は、職務パフォーマンスを測定するための「仕事のパフォーマンス」尺度、キャリア発達への取り組み姿勢の程度を3つの側面から測定する「職業性キャリア成熟尺度」、自分自身の意思に基づいて素直に生きている状態を測定する「本来性尺度」、職業生活における労働者の意思決定に深く関わる労働価値観を測定する「労働価値観測定尺度短縮版」を使用しました。

表1 今回の調査研究で使用した心理指標

表1 今回の調査研究で使用した心理指標

分析の結果と考察

まず、各得点と年齢の関連を検証しました。その際に、年齢との単なる直線的な比例関係だけでなく、曲線的関係(二次曲線、三次曲線)も検証しました。
各得点と年齢の関連を示す近似曲線が以下の図1です。「仕事のパフォーマンス」は年齢とともに緩やかに上昇していくことと、その変化が(二次)曲線的であることが示されました。他にも、「職業キャリア成熟尺度」の3つの下位尺度の得点が50代以降に特に上昇していくことが示されました。これらの結果は、45歳以降で特に職務パフォーマンスの主観的評価が高くなり、同時にキャリアの不透明性の低下やキャリアの自律性の向上が見られることを示した先行研究[6]と整合しています。
また、社会的評価が得られることを重視する価値観は20代において特に高いこと、「自分らしくあること」を表す「自己保持」の得点は20代から60代にかけて一貫して上昇していくことなどが明らかとなりました。これら2点の結果を踏まえると、成人後に自分らしくキャリアを歩めるようになるほど、社会的評価を必要としなくなることが考えられます。

図1 各尺度得点と年齢の曲線的関連
図1 各尺度得点と年齢の曲線的関連

次に、「仕事のパフォーマンス」得点に対する他の心理指標の説明力が年代間で異なるかを検討しました。結果の概要を下記の表2にまとめました。ここでは、特定の年代において一定の説明力を示し、かつ年代間で説明力の差が有意に見られた指標の行を色づけしています。数値の絶対値が1に近いほど説明力が強く、0に近いほど関連がないことを表します。そして、赤字は他の年代よりも同じ指標の説明力が強く、青字は他の年代よりも同じ指標の説明力が弱かったことを表しています。

表2「仕事のパフォーマンス」を従属変数とした重回帰分析の年代別結果(標準偏回帰係数)

まず職業キャリア成熟に着目すると、20代と30代では「計画性」が、50代と60代では「自律性」が職務パフォーマンスを特に強く説明することが示されました。若年層はキャリア形成を模索している段階であるため、自律的にキャリアを形成しようとする姿勢に加え、いかに具体的に先々を見通しているかが日々の職務パフォーマンスにも関わってくると考えられます。一方で、50代以降では自らのキャリアのゴールがより明確に意識されるため、キャリアの計画性は相対的に重要でなくなり、主体的に職務を遂行することがパフォーマンスの向上に直結すると考えられます。また、本来性の「自己保持」が40代以降においてのみ職務パフォーマンスを強く説明していることも踏まえると、40~50代以降では自らのキャリアが成熟し、「自律的に働けること」が「自分らしく働けること」と一致することでパフォーマンスが発揮されると考えることもできます。
また、労働価値観に着目すると、「自己への成長」を重視する価値観の強さは、30代以降においては職務パフォーマンスを強く説明しますが、20代ではほとんど関連が見られませんでした。20代ではまだキャリアの方向性が定まっていないことから、成長志向の強さがパフォーマンスに結びつきにくいのではないかと考えられます。

まとめ

本研究の結果から、職務パフォーマンスが年齢とともにゆるやかに上昇することと、年代ごとにその説明要因が異なることがわかりました。特に、キャリア成熟の水準が職務パフォーマンスに影響を及ぼす過程が年代によって異なることが示されました。キャリア形成の途上にある20代とキャリアが成熟しつつある40~50代以降では職務パフォーマンスを向上させる要因が異なっていたため、労働生産性の向上に取り組むにあたっては、キャリア成熟の程度や心理・社会的発達階を考慮した個別化を適用する必要があるといえます。

さいごに

今回のポスター発表には、企業で研究業務に携われている方々や、発達心理学をご専門とされている先生方に多数お越しいただき、有益な知見やアドバイスを賜りました。今後は、本研究で得られた知見についてさらに考察を深め、新たな研究の立案や施策の提言に繋げていきたいと考えております。

引用文献

  • [1]
    厚生労働省 (2016). 平成28年版労働経済の分析—誰もが活躍できる社会の実現と労働生産性の向上に向けた課題—
  • [2]
  • [3]
    厚生労働省 (2018). 平成30年版労働経済の分析—働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について—
  • [4]
    Super, D. E. (1957). The psychology of careers: An introduction to vocational development. Harper & Bros.
  • [5]
    Super, D. E. (1984). Career and life development. In D. Brown & L. Brooks (Eds.), Career choice and development (pp. 192-234). Jossey-Bass.
  • [6]
    岡田 昌毅・金井 篤子 (2006). 仕事、職業キャリア発達、心理・社会的発達の関係とプロセスの検討—企業における成人発達に焦点をあてて— 産業・組織心理学研究, 20, 51-62. new windowhttps://doi.org/10.32222/jaiop.20.1_51
  • [7]
    Herr, E. L., & Cramer, S. H. (1996). Career guidance and counseling through the lifespan (5th ed.). HarperCollins.
  • [8]
    Hall, D. T. (2002). Careers in and out of organizations. Sage.
  • [9]
    Viviani, C. A., Bravo, G., Lavallière, M., Arezes, P. M., Martínez, M., Dianat, I., ... & Castellucci, H. I. (2021). Productivity in older versus younger workers: A systematic literature review. Work, 68, 577-618. new windowhttps://doi.org/10.3233/WOR-203396

担当者紹介

研究テーマ:心理学的行動変容
担当者:市川 玲子
コメント:心理学に関する研究業務全般を担当しています。博士(心理学)・公認心理師です。もともとはパーソナリティ心理学や異常心理学の研究をしていました。
連絡先:NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ
bt-design-contact@mlsig.jp.nec.com