《連載》夏野剛氏のビジネスレビュー コロナ禍で、なぜあの企業は成長しているのか?  -デジタルシフトの力を考察する- | NECソリューションイノベータ

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専門家コラム

《連載》夏野剛氏のビジネスレビュー
コロナ禍で、なぜあの企業は成長しているのか?-デジタルシフトの力を考察する-
【第2回】
独自のポジションと安さでライバル不在。コロナ禍で成長企業の代表選手「ワークマン」

UPDATE : 2021.03.12

コロナ禍の厳しい経済情勢において、なぜあの企業は成長しているのか?コロナ禍で成長企業の代表選手といわれる「ワークマン」について、夏野剛氏が鋭く切り込みます。

第2回目に取り上げるのは、コロナ禍で過去最高の増収増益となった「ワークマン」。現場作業員向け作業服のイメージを一新させタウンユース、さらに女性向け商品が大ヒットしている。

夏野剛氏が、成長の原動力になっているワークマンの戦略と、それを支えているデータ活用、そしてライバル不在といわれるほどの強さの秘密に迫ります。

コロナ禍で過去最高の増収増益
“作業服のユニクロ”とも言われる「ワークマン」

建設や工場などのブルーワーカー向けの高機能製品を販売するワークマン。高性能ながら「作業服のユニクロ」とも言われるほどリーズナブルな価格も相まって、長年人気を博してきた。

「作業員向け」というイメージの強いワークマンだが、2018年からはタウンユース向けにも商品を開発。従来はターゲットの外にいた女性ユーザーも大いに取り込み、急成長を遂げている。

2月8日にワークマンが発表した「2021年3月期 第3四半期決算短信(2020年4~12月)」によると、営業総収入が831億200万円(前年比16.1%増)、純利益は133億3600万円(22.9%増)と、いずれも過去最高の増収増益を記録している。

ワークマン大躍進の裏には、どんな原動力が隠されているのか。今回はその要因を解説していこう。

成長の要因①
ファッションにおける「優先順位」の大変化

従来までのアパレルの世界では、デザインやトレンドがもっとも重視され、ワークマンが得意とする「機能性」は二の次に置かれていた。だが、時を経て「機能性を重視する」流れが加速。この変化がワークマンを強烈に後押ししていく。

ファッション業界にとって大きな転換期になったのが、ユニクロの“ヒートテック”ブームだろう。その後も、ユニクロは、エアリズムやブロックテック、ノンアイロンシャツなど、デザインだけでなく、機能性にも優れた商品を次々発表しヒットさせていく。機能性とデザインをトレードオフしていた時代から、「機能性も高く、着ていてもオシャレに見える」ことが注目されるようになってきた。

この「機能性のあるファッション」は、高級ブランドが時おり展開する程度であった。例えば、プラダはパラシュートに使われる生地を使用した、耐久性に優れるバッグを発表。高級スーツケースメーカーのグローブ・トロッターは、ヴァルカンファイバーという紙をベースにして作られた素材を使用したスーツケースを発表。この素材は軽いことが大きな特徴である。

そのほかでは、登山向けの商品を展開するようなアウトドアブランド(エディーバウアー、コールマン、モンクレール、LLビーンなど)が機能性に優れた製品を手掛けていた。

ユニクロ以前にも機能性を重視したものは存在していたのだが、どちらかというと付加価値を付けた分、高価格帯が中心。機能がない服よりは高い値段で売るのが普通であった。しかし、そこにユニクロが躍り出る。いわゆる「安かろう悪かろう」ではなく、「安いのに高機能」と従来のイメージも一変。消費者もその変化に気づき始めた。

と、わかりやすくユニクロを例にしたが、いわゆるプロ向けの高性能な製品を多く販売していたワークマンも同じ文脈だ。今では「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」のように一般消費者へもターゲットを広げているが、そのヒットの裏には「機能性へのニーズ増加」が存在している。

成長の要因②
一般人が「プロ仕様」の良さに気づいた

ファッションにおいて機能性が重視されるのと同時に、ワークマンが得意とする「プロ仕様」の機能性にも人々の注目が集まっていくことになる。

これまで「作業員が着用するもの」には、一般的に「野暮ったくて、ファッション性はない」というイメージがあったと思われる。これが「快適で、機能性に富み、なおかつクール」という認識へシフトしていく。

近年、夏になると「酷暑」と騒がれる。「暑すぎる夏」に注目が集まる頃、工事現場の作業員などを中心に広がった商品があった。「ファン付きの作業着」だ。

名前の通り、ファンが搭載された作業着で、両脇から外気が送風される。安全上、作業中は長袖の着用が欠かせないが、それは快適さとは正反対。熱中症などのリスクも高い。しかし、ファンによる空気循環で、体温が下がり快適に作業ができるようになった。

このファン付きの作業着、登場した頃には“イロモノ”のように思われていたはずだ。だが、その機能性の高さから、工事現場などを中心に着実に普及。もちろん、一般人が着用することはないまでも、機能性の高い作業着は「よく見かける光景」となった。

また、海外から注目を集めた作業着がある。それが、とび職御用達の「ニッカポッカ」。膝下まで丈があるゆったりとしたズボンだ。

これは、動きやすくて膝の自由度がかなりあることによって、作業がしやすくなっている。これをタウンユースに入れ込むと、型崩れもしづらく機能性にも優れたファッションが実現する。実際に、そのままニッカポッカをファッションに取り入れるケースや、ニッカポッカの特徴を上手く取り入れたアイテムなども登場。

加えて、特に海外では日本の作業着に対して「プロが使うクールなもの」というイメージも持たれるようになっていく。

これらの光景を見て「工事現場の作業着って、実は着やすいのでは?」と気づく人が増加。野暮ったいイメージも薄くなり、ワークマンが得意とするプロ向けの高機能認識製品の概念の見直しが起こる。

成長の要因③
「データ活用」によりキャッチアップし激変に対応した

ワークマンはこのような一連のトレンドの変化を的確に捉えることができた。

日々の変化やトレンドのシフトに気づくには、感覚や長年の経験では追いつかない。このキャッチアップに一役買ったのが「データ活用」だったという。

ワークマンといえば、「データ経営」が注目を集めている。専務取締役の土屋哲雄氏が、トランスフォーメーションディレクターとして、社内のデジタル改革を主導。特に「データ経営」では、全従業員でデータ分析に基づいた経営を進め、飽和した作業着マーケットから新業態へ移行していく方針。従業員だけでなく、役員や社長すら研修に参加するほどの本気ぶりだそうだ。

特に、現場である店舗の変化を重要視。データの分析や活用を行い、店舗で起きている変化を察知、そしてその因果関係などを把握しやすいようにしていった。

例えば、データ分析といえば、高度なツールを使い、一部のプロフェッショナルが担うイメージも強い。だが、ワークマンは、一般の社員でも比較的取り組みやすいExcelを分析ツールとして採用し、全社員がデータ活用できるようにした。

ワークマンは、コロナ禍の大きな変化にも対応できている企業の一つだが、社会の激変に対応できたのもこういった背景もあっただろう。

このようなトレンドをしっかりと把握できるような体制のもと、「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」など、“タウン着としての作業着”と呼べるようなラインを着々と展開。品ぞろえにも機敏に反応して拡大していく。

また、店舗運営や出店計画もデータをもとに判断しているだろう。実際に「#ワークマン女子」の出店には、ショッピングモール内のワークマンにおいて女性向け商品の売上が5割を越えたというデータをもとにしてスタートしたと言われている。

成長の要因④
データ分析で「作業着」という軸をぶらさなかった

機能性に優れ、その高い機能性に一般人ユーザーも気づき始めたことで、人気を博すようになったワークマン。その強さを盤石なものにしているのは、軸をブラしていないことだ。

考えてみれば、機能性に富み、それでいてファッショナブルな製品は市場に多く存在する。ヘビーデューティーに耐える強さや機能性を備えた製品であれば、アウトドアブランドやスポーツブランドが手掛けている。

もしワークマンがワークマンプラスなどと同じ並びで、「ワークマンアウトドア」と打ち出したならば、ノースフェイスやモンベルなど、人気ブランドがライバルになってしまう。同様にスポーツの世界でも、グローバルなプレイヤーを含めてライバルはさらに増えていく。

だが、ワークマンは、あくまで「作業着の延長」というスタンスを崩していない。アウトドアやスポーツ向けのレーベルは存在するものの、そのラインナップを見るとアウトドアやスポーツ専用に開発したようには思えない。

もともとワークマンが注目を集め始めたきっかけとして、「ワークマンの頑丈な製品がバイク乗りに愛用されるようになった」というエピソードがある。あれも、作業着をライダーたちが好んで着るようになったのであり、「バイカー用に作っている」わけではない。

同様に、ワークマンプラスで展開されているウインドブレーカーも、工事現場などで働く作業員が仕事用に使っていてもなんらおかしくないような商品であるし、シューズも「登山用にオシャレにした」というよりは、あくまでも安全靴をオシャレにしたという感覚だ。

プロのための作業着という軸はぶらさず、しかも安さと機能性というワークマンの特徴に惹かれそうな人たちが欲しがるような製品を積極的に展開していく。

ここでもデータが活きているというのが私の見立てだ。

特に、データは「ニーズ」を把握するために非常に有効だ。生産量の需要予測やカニバリゼーションを起こしている商品の発見、隠れた売れ筋品の発見や季節品の売り抜きの分析などにも役立っているだろう。

また、ワークマンの分析は「因果関係」を重視しているという。売れていない商品がある場合、その原因の仮説を立てて検証してく。その際には現場の社員がExcelの関数などを使っているそうだ。

そして「作業着の延長」という商品開発には、“境界線”の見極めが重要。ようは、「どこまでが作業着で、どこまでがファッション性のある製品か」という、ギリギリのラインを越えないように気をつけないといけない。

その絶妙なボーダーラインやニーズを掘っていくのにやはりデータは有効。長年の勘や肌感覚ではなく、データを活用することで再現性を高めていくことができる。

成長の要因⑤
コロナの巣ごもり需要が強い追い風になった

ワークマンは、コロナ禍でも業績を押し上げている企業の一つだ。実際に、2020年4~6月期の営業利益が前年同期比で30.5%アップ。

「意外とオシャレ」と人気になっているワークマンだが、コロナ禍によって外出の機会は減っている。「作業着」としての需要も「アウトドア」や「スポーツ」の需要も下がるように思えるので、普通に考えればワークマンにとって逆境と思えるだろう。

だが、家にいる時間が増えると「居住環境をより良くしたい」と思う人は増えてくる。身の回りの整理整頓や大掃除から始まり、新しい家具の購入やDIYも増加。特にDIYやプチリフォームをする際には、部屋着で作業するのは気が引ける。例えば、怪我の危険性や釘などに引っかかって服が破れてしまうこともある。

そんなときにワークマンの機能性に優れた服ならピッタリだ。さらに、ワークマンの服は高い機能性を誇りながら、部屋着やタウンユースとしても十分使える。いくら安いとはいえ「DIYのために作業着を買う」ことには気が引けても、作業着だけでなく部屋着として使え、快適となれば当然財布の紐もゆるくなるのだ。

ここでもプロ仕様の延長線上という商品開発が功を奏している。

【夏野剛氏の考察】
独自のポジションと安さでライバル不在

「ワークマンのライバルはどこか?」と言われても、なかなか思い浮かばない。

ワークマンが展開する商品は、アウトドアやスポーツブランドに行けば手に入るだろう。だが、ワークマン並の性能を、アウトドアやスポーツブランドで揃えようとすると、価格が1桁も2桁も変わってくる。

プロも愛用する機能性が安く買え、一定のデザイン性があることを、上手く訴求してきたのがワークマンだ。

ワークマンは、「作業着」や「プロ向けの機能性に優れた製品」というカテゴリーキラーであった。その軸は今でもぶらさず、データの分析と活用で、そのテリトリーを一般層にも広げてきた。

その結果、レッドオーシャンに突き進むことなく、独自の成長路線を突き進んでいる。

執筆者プロフィール

夏野 剛(なつの たけし)

株式会社ドワンゴ代表取締役社長・慶應義塾大学特別招聘教授

97年NTTドコモに入社。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、執行役員を務めた。現在は、株式会社ムービーウォーカー代表取締役会長、KADOKAWA、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの取締役を兼任する。