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量子技術から教育AIまで。「正解のない問い」から始まる価値創造のストーリー

2026年1月に開催された社内イベント「イノベラボDAY2025」では、NECソリューションイノベータの専門組織「イノベーションラボラトリ(以下、イノベラボ)」が、さまざまな研究を通じて向き合ってきた問いと、その現在地が共有されました。量子技術や生成AIなど、先端技術への期待は年々高まっています。一方で、テクノロジーはそれ単体では社会を変えることはできません。どの課題に向き合い、どのような問いを立て、どういった価値を届けるのか。その設計によって研究の意義は大きく変わります。
本記事では、量子アニーリングを用いた交通流計測、AIによる環境配慮行動のアプローチ、探究学習を支える教育AIの3つのテーマを取り上げます。それぞれの研究はどのような問いから始まり、社会課題とどう向き合おうとしているのか。担当者のリアルな声からイノベラボの価値創造プロセスに迫ります。

量子アニーリングで実現する交通流計測の高精度化

1つ目は、「量子アニーリングによる多物体追跡の高精度化」です。

都市の混雑緩和やCO2削減を実現するためには、道路上の車両の流れ(交通流)を正確に把握することが欠かせません。その基盤となるのが、映像から車両を1台ずつ識別し、動きを継続的に捉える「多物体追跡」技術です。交通流計測では、カメラに映る車両をフレームごとに対応づけ、「どの車がどの軌跡を描いて移動しているのか」を判断し続ける必要があります。しかし、このデータを実際の渋滞緩和といった社会実装につなげるためには、まだ多くの研究が必要だと、担当の伊原康行は語ります。

伊原 康行(いはら・やすゆき)
イノベーションラボラトリ 主任

「交通流を把握するために、複数の車両を追跡したデータを用いて、現在地から目的地までどの組合せが最も整合的かを判断します。車両が増えるほど、この組合せは爆発的に増えていきます」

つまり、交通流計測は「組合せ最適化問題」でもあるのです。従来の手法では、計算時間を抑えるために候補を絞り込むなどの工夫が必要であり、処理速度と追跡精度の両立が難しいという課題がありました。そこで伊原が着目したのが、膨大な組合せの中からより良い解を効率的に見つけ出す量子アニーリングです。本研究では、多物体追跡の問題を量子アニーリングで扱える形に再定式化し、交通流計測への応用を試みました。

車両追跡映像のデモ動画

さらに、1つの追跡結果に依存せず複数の追跡結果を統合するアプローチや、既存の解を出発点に再探索する「リバースアニーリング」を組み合わせることで、精度の向上と安定化を図っています。

交通流を高い精度で把握できれば、信号制御の最適化や渋滞緩和、さらには排出ガス削減にもつながります。こうした社会的意義も評価され、この研究は2025年度の「International Robotics and Automation Awards」の画像認識分野において、最優秀研究者賞を受賞しました。量子技術は、理論や実験にとどまらず、交通をはじめとする実社会の課題解決へと、その応用可能性を広げつつあります。

AIとの対話は人の環境配慮行動を促せるのか

2つ目は、「AIと環境配慮行動」に関する研究です。AIとのコミュニケーションが人の行動にどのような影響を与えるのかを検証した本研究は、気候変動・省エネルギー行動会議「BECC JAPAN 2025」において、新規性部門賞を受賞しました。

人間同士の対話が環境配慮行動を促進することは、これまでの研究で知られています。では、相手がAIであっても同様の効果は得られるのでしょうか。この素朴な問いから研究が始まったと、日室聡仁は振り返ります。

検証には、行動経済学で用いられる公共財ゲームを環境問題の文脈にアレンジした「ごみ処理ゲーム」を活用しました。

ゲームは3人1組で行われます。各プレイヤーは工場の経営者として、あらかじめ配られたポイントを資金として持ちます。発生するごみに対し、自分のポイントをコストとして支払って資源ごみとしてリサイクルするか、ポイントを消費せずに可燃ごみとして処理するかを各自が選択します。
チーム内で資源ごみの処理に使われたポイントは、「2倍の価値(利益)」となって全員に平等に分配されます。つまり、自分はポイントを支払わずに可燃ごみとして処理し、他のメンバーがリサイクルしてくれた分配ポイントだけを受け取れば、自分だけが一番得をする構造です。
参加者には誰がAIかを伏せたままチャットで話し合いを行ってもらいました。その結果、人間のみのチームよりも、生成AIと対話を行ったチームのほうが、協力してリサイクル量が増加する傾向が確認されました。

この実験結果は、人間の行動や意思決定傾向をデジタル空間上で再現する「ヒューマン・デジタルツイン」という、さらに大きな研究テーマへとつながっています。日室は研究がもたらす未来の展望を次のように語ります。

「ヒューマン・デジタルツインの研究を進める中で、わざわざリアルな人間で実験をしなくても、ある程度の反応はAIを利用したシミュレーションで推定できる可能性が見えてきました」

日室 聡仁(ひむろ・あきひと)
イノベーションラボラトリ プロフェッショナル

例えば、あるWeb記事や広告を出したときにどのような反応が得られるのかを、実際に公開する前に仮想環境で予測できるようになるかもしれません。

「今はABテストなどをリアルな現場で実施し、検証と改善を繰り返すプロセスが一般的ですが、今後は仮想的な環境を用いて瞬時に結果がわかるようになる可能性があります」

この技術の応用範囲はマーケティング領域にとどまらず、政策や社会制度の設計など、幅広い分野での活用が期待されています。一方で、研究を進める中で新たな課題も浮かび上がってきました。

「生成AIはより正しい答えを出す方向に進化していますが、人間は必ずしも合理的ではありません。行動経済学でも示されている通り、人間は非合理な判断をすることがあります。生成AIが合理的になるほど、人間の再現は難しくなる面もあります」

つまりシミュレーションの精度を高めるには、人間の非合理性までAIに学習させる必要があるのです。

イノベーションラボラトリは、「ひとを知り、ヒトの可能性を広げる、人間中心ラボ」を掲げて活動してきました。日室は「人を理解するための研究を中心に据えてきた組織だからこそ、リアリティを持つ仮想的な人間像を構築できるのでは」と話します。心理学や行動経済学の知見とデジタル技術を組み合わせることで、単なるAI活用にとどまらない独自のアプローチが生まれているのです。

「答えを提示しない」AIが支える、探究学習の新しいかたち

3つ目は、「AIメンタリングシステム」です。

本システムは、学校における探究学習(日常的な疑問や社会課題から生徒自ら問いを立て、自分なりの答えを見つけ出す主体的な学習活動)を支援するために開発された問いかけ型AIです。日本の教育現場では、探究学習が広がる一方で、正解のない課題において思考の過程や探究の深まりをどう評価するかという難しさや、専門外のテーマにも対応しなければならない教員の負担が課題となっています。

AIメンタリングシステムは、こうした教育現場の状況を踏まえ、「答えを提示しない」ことを前提に設計されています。生成AIの多くが正解を出す方向に進化しているのに対し、本システムはあえてその逆を行きます。生徒が入力した内容に対して結論を与えるのではなく、「なぜそう思ったのか」「別の視点はあるか」「その考えの根拠は何か」といった問いを返すことで、思考を深める支援を行います。

担当の阿部由莉は、その設計思想を次のように語ります。

「AIがすぐに答えを出してしまうと生徒はそれに依存してしまいます。大切なのは、生徒自身が自分なりの答えを出せるようサポートすること。問われることで改めて考え、思考を整理し、自分の言葉で語れるようになります」

阿部 由莉(あべ・ゆうり)
イノベーションラボラトリ 主任

本システムは単なるチャットボットではありません。対話の履歴から、生徒が何に関心を持ち、どのように思考が変化したのかを可視化します。教員はそのデータを参考に、生徒一人ひとりの思考の変化や成長を把握できます。従来、生徒の思考プロセスは教員が個別に観察しなければ見えにくいものでしたが、データを使ってその理解を補助する役割も担っています。

現場実証は、広島県立広島皆実高等学校で3年間にわたり実施されました。この実証では、生徒の主体的な学びが促進されただけでなく、教員の負担軽減にも一定の効果が確認されました。問いを通じて考える習慣が定着することで、生徒自身が探究テーマをさらに深掘りできるようになったといいます。

AIメンタリングシステム デモ画面

阿部は、AIメンタリングの価値を次のように表現します。

「探究学習は正解のない問いに向き合う時間です。その伴走者としてAIが存在することで、生徒は一人ではなく、対話を通じて考えを深められます」

生成AIが急速に普及する中で、教育現場では“使わせない”のではなく、“どう使うか”が問われています。AIメンタリングシステムは、学習者の自律性を損なうことなく、思考の質を高めるための1つのモデルです。

現在は高校での導入を中心に展開していますが、大学教育や企業研修など、より広い学習領域への応用も視野に入れています。問いを軸にした対話支援と、思考プロセスの可視化。この組合せは、教育に限らず「人が考える場面」全般で活用できる可能性を秘めています。

「正解のない問い」に向き合うということ──イノベーションラボラトリが描く価値創造の未来

量子アニーリングによる交通流計測、AIとの対話を通じた行動変容、探究学習を支える教育AI。イノベラボの扱う領域はさまざまですが、根底に流れるテーマは共通しています。それは、単に最先端の技術を追求するのではなく、「人や社会がより良い意思決定をするために、技術をどう設計すべきか」という真摯な問いです。

今回紹介した3つの研究は、イノベーションラボラトリの活動の一部にすぎません。現場では、複数の専門領域が交差しながら、「正解のない問い」に向き合う試行錯誤が日々重ねられています。研究の成果がすぐに事業や社会実装に結びつくとは限らない一方で、こうした問いの積み重ねこそが、新しい価値を創り出すための土台になっていきます。

AIがあらゆる「正解」を瞬時に提示できるようになるこれからの時代。NECソリューションイノベータは、あえて「正解のない問い」に真正面から向き合う研究文化を大切にしながら、より豊かな社会の実現に向けた価値創造を推進していきます。

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