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リモートワークはウェルビーイングを高めるのか?(前編)
広がるリモートワーク
2020年からのコロナ禍によってリモートワークはそれ以前と比べて格段に広がりました。メルカリやYahoo、NTTなどは積極的にリモートワークを推進し、居住地制限や転勤の撤廃を打ち出しています。一方で、2022年になるとTwitterやホンダなどオフィスへの出社の重要性を訴えるところもあります。すべてをリモートで、あるいはオフィスで、という二者択一ではなく両者のいいところどりであるハイブリッド・ワークスタイルを探っていくことになるでしょう。

アメリカでは「グレート・レジグレーション(Great Resignation)」と呼ばれるように自分に合った働き方を求めて多くの人が離職しました。このようにコロナ禍はわたしたちが改めて働き方とウェルビーイングに向き合う契機となりました。
リモートワークではチームや組織のコミュニケーションがうまく取れないという声は多く聞きます。しかし、2020年以前のようにオフィスに戻せば解決するというわけではありません。なぜならウェルビーイングな状態を保つためには家族、職場、これ以外の地域におけるつながりやコミュニティのよいバランスが重要だからです。
アドバンテッジリスクマネジメント社の調査(2022)によると従業員のウェルビーイングと生産性の間には中程度から大きな相関関係があることが明らかになりました。すなわち、ウェルビーイングは生産性と対立するものではなく、相関するものなのです。
このコラムではハイブリッド・ワークスタイル時代におけるウェルビーイングを考えていきたいと思います。
働き方の柔軟性が高めるウェルビーイング
ハイブリッド・ワークを考える上でまず 働き方に関するマイクロソフト社の調査を見ていきましょう。調査では2020年には17%の人が仕事を辞め、その傾向は続き、2021年にも18%に達すると予想されていました。退職理由のトップ5は、個人の健康やメンタルヘルス(24%)、ワークライフバランス(24%)、COVID-19になるリスク(21%)、シニアマネジメント/リーダーシップへの信頼の欠如(21%)、勤務時間や場所の柔軟性がない(21%)となっています。それに対して「昇進・昇給がない」は19%なっており、働くにあたっての優先順位の変化が見てとれます。

コロナ禍以前と比べて、仕事よりも健康やウェルビーイングを優先すると回答した比率は53%(優先しないは6%)にのぼっています。
またハイブリッド社員の51%がリモートへの転向を、リモート社員の57%がハイブリッドへの転向を検討すると答えているように自分に合った働き方を模索しています。43%の社員が翌年に転職を検討する可能性があり、特にZ世代とミレニアル世代という若手世代は合わせて52%が転職を考えており、昨年より3ポイント上昇しています。
LinkedInのCEOであるR. ロスランスキー(Roslansky)はこうした動きに対して、働き方というよりも働くことの意味についてより深く検討し、求める「グレート・リッシャッフル(Great Reshaffles)」時代の到来を指摘しています。同社のチーフエコノミストである
K. キンブロー(Kimbrough)はこの変化を「どのように働くか」「どこで働くか」「なぜ働くか」の3つにまとめています。特にワーカーが会社の時間や場所の柔軟性に満足している場合、幸せであると回答する割合は2.6倍にもなるというデータが示されています。このように働き方の柔軟性はウェルビーイングを高める重要なポイントになっています。
ハイブリッド・パラドクス
リモートワークによって例えば、ワーカーは通勤時間がなくなることで自由に使える時間が増える、それに伴って育児や介護も含めた家族の時間が確保できるなどのメリットが挙げられます。また職場での人間関係のストレスからも解放されたと感じる人も少なくないでしょう。一方でずっと家でリモートワークをしていると生活の時間とのメリハリがつかない、運動不足になる、共働きや子育て世帯だと場所の取り合いになるなどの問題も聞かれます。
リモートワークによるメリット・デメリットの例
通勤時間の削減 | 運動不足 |
家族の時間増加 | 住居・家庭内ストレス増加 |
職場の人間関係ストレス減少 | エンゲージメントの低下 |
業務の効率化・生産性向上 | セレンディピティの低下 |
というようにメリットとデメリットは表裏一体でもあるのです。ポイントはこれらの課題はリモートワークに内包するものなのか、コロナ禍での行動制限によって生じているものなのかを切り分けることが重要になります。例えば運動不足は(自発的にすることが難しいことは承知の上で言えば)公園を散歩したり、ジムに行くことで解決しますし、孤独も地域のコミュニティで会社以外の友人をつくることで和らぐことも多いでしょう。
またこれまでの慣習や「慣れ」によって起こっている課題も少なくありません。例えば、住居については毎日通勤することを前提につくられ、選んでいました。しかし近年では共用設備としてコワーキングスペース付きのマンションや、リモートワーク用の仕切りを入れた間取りが出てくるなど徐々にリモートワークに適応するものも増えていくと考えられます。マイクロソフト社は生産性とウェルビーイングの関係についての調査を行なっています。そこでは34%が在宅勤務中に生産性が低下したと回答し、34%が上昇したと回答しています。つまり、リモートワークは一律に生産性を上げる・下げるのではなくどちらの要因にもなるのです。さきほども見たようにワーカーは仕事における時間・場所の柔軟性を求めていますが、同時にどこかに集まったり、人と人とのつながりをより強く求めたりしていることが調査からも示されつつあります。こうした状況は「ハイブリッド・パラドクス」とも呼ばれます。ハイブリッド・パラドクスを踏まえて、どのようなウェルビーイングが目指されるべきなのでしょうか。後編では、ウェルビーイングの課題とその実現についてご説明します。
執筆者:松下慶太
関西大学社会学部教授。博士(文学)。専門はメディア論、コミュニケーション・デザイン。近年はワーケーション、デジタル・ノマド、コワーキング・スペースなどメディア・テクノロジーによる新しい働き方・働く場所を研究。近著に『ワーケーション企画入門』(学芸出版社、2022)、『ワークスタイル・アフターコロナ』(イースト・プレス、2021)、『モバイルメディア時代の働き方』(勁草書房、2019)など。

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