人事・総務コラム

第1回 日本企業にとっての
「人的資本経営」の意味・意義とは?

コラム執筆者:小寺 昇二氏掲載日:2023年11月8日

第1回 日本企業にとっての「人的資本経営」の意味・意義とは?

1.人的資本開示義務化の衝撃

上場企業については、2023年3月期決算企業から「人的資本開示の義務化」がスタートしました。このことの意味については、単に企業情報のディスクローズ(開示)の範囲が広がったというように表面的に捉えるのではなく、日本企業のHR(人事)のあり様が根本的に変わる、そしてその影響は経営全体にも及ぶ、と考えるべきでしょう。
ご存知の通り、日本は1990年のバブル崩壊以降、「失われた30年」と揶揄されるように、それなりに順調に経済成長が進んでいる他の先進国から置いていかれる形となっています。そして、そこで働く従業員の報酬もずっと上がっておらず、こうした環境に呼応するかのように、日本企業で働く社員の仕事に対する「やる気」は国際比較で最低レベルにあることが各種統計結果に示されています。

従業員エンゲージメントの国際比較

出所:ギャラップ「職場環境調査2023年」

儲からない企業、給料が上がらずに仕事に対する意欲も失くしている従業員、そうしたことの結果として国も成長しない・・・悪循環が継続している状況なわけです。

「会社が悪い、国が悪い」だけでなく、従業員のついても、9月に発表されたスイス国際経営開発研究所(IMD)による世界64ヶ国・地域を対象とした「世界人材ランキング2023(World Talent Ranking 2023)」で日本は、世界で43位、アジアでも7位という目を覆うような現状となっています。

2.「投資家目線」という「人的資本開示」の本質

こうした状況に中で、「人的資本開示の義務化」がスタートしました。これは、上場企業に対して、開示を迫ることによって人的資本、即ち「人」について、これまでの「コスト」という捉え方から、企業収益、企業成長をもたらす「資本」と捉え直す、発想の転換を促すものです。
資本というものは企業実体における「根幹」なのですから、企業成長を実現するためには従業員が成長することと一体であって、そのために「人に関係した投資」を行うことが必要になってきます。

企業という本来自由なものに対して上記のロジックに強制力を働かせるためには、所有者であり、取締役の選任・罷免を始めとする重要事項に関する議決権のある株主=投資家からのプレッシャーが有効です。具体的には、投資家が投資の判断に活用する「有価証券報告書」などの開示資料への記載内容について、国が新たな義務やガイドラインを設定することとなりました。
今後「人的資本経営」を推進すること、その具体的な内容は、「ウェルビーイング」と「経営支援」ということになります。

3.「ウェルビーイング」と「経営支援」

ウェルビーイングとは、従業員が伸び伸び働いて成果を出していけるような心地よい環境を会社が作っていくことであり、経営支援とは、経営戦略の実行や企業成長に結びつくようなHRのあり方を示しています。

ウェルビーイングに関する開示義務としては、

  • ①女性管理職比率
  • ②男性育児休業取得率
  • ③男女間賃金格差

の3つの比率が象徴的なものとして選ばれており、またウェルビーイングと経営支援両方に関連するものとして

  • ④社内環境整備方針
  • ⑤人材育成方針

も「各企業が重要性を踏まえて開示を判断する」という形で開示が義務化されています。

企業の判断で開示すると言っても、その内容を読んで「投資をするか、しないのか」をシビアに判断しなければならない投資家に対して、では、どのような内容ならばアピールすることが出来るのでしょうか?
従来のHRにおける「人財育成」においては、「どうすれば良い人財を育てることが出来るのか?」という問いに対して、例えば「見識がある」とか「ついていきたくなるようなリーダーシップ」とか、とにかく様々な答えがあったように思います。
しかしながら、「投資家目線」に沿った開示が求められ、その実体としても投資家にアピールする人財育成が今後求められることになるわけですから、投資家が一般的に必ず投資目的に挙げる「投資のパフォーマンス」を挙げる、すなわち売上をアップさせ、利益をアップさせ、企業価値(株価)をアップさせるための人財育成が重要になるのです。

ある意味、HRに関するパラダイム変換と言っても良いように思います。

4.人財投資のあり方

下記の表は、日本企業の人財投資の絶対額が国際比較で、かなり劣後していることを表しています。人財育成を図り、企業が成長していくためには、人財投資の金額を増やしていくことが必要です。

人材投資/GDPの国際比較

人材投資/GDPの国際比較
出所:日本生産性本部「生産性白書」(2020)

そして、報酬だけではなく、HRに関するシステム投資、研修費用などの育成投資などについても、ウェルビーイングや経営支援のためという明確な目標に基づき、経営に資する中味に変えていくことが求められているのです。

執筆者プロフィール

小寺 昇二

小寺 昇二

(株)ターンアラウンド研究所 共同代表 主席研究員

1955年生まれ、都立西高校、東京大学経済学部を経て、1979年第一生命入社。企業分析、ファンドマネジャー、為替チーフディーラー、マーケットエコノミスト、金融/保険商品開発、運用資産全体のリストラクチャリング、営業体制革新、年金営業などを経験。
2000年ドイチェ・アセットマネジメントを皮切りに、事業再生ファンド、CSRコンサルティング会社(SRI担当執行役員)、千葉ロッテマリーンズ(経営企画室長として球団改革実行)、ITベンチャー(取締役CFO)、外資系金融評価会社(アカウントエグゼクティブ)、IT系金融ベンチャー(執行役員)、旅行会社(JTB)と転職を重ね、様々な業務を経験し、2015年より埼玉工業大学教授(現在、非常勤講師)
(公社)日本証券アナリスト協会認定アナリスト、国際公認投資アナリスト。
著作に「実践スポーツビジネスマネジメント~劇的に収益性を高めるターンアラウンドモデル~(2009年、日本経済新聞出版)、「徹底研究!!GAFA」(2018年 洋泉社MOOK 共著)など。
HR関係のウェブメディア「HRプロ」(下記URL)で連載中
https://www.hrpro.co.jp/column_list.php?series_id=181

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