人事・総務コラム

人的資本経営の礎としての「情報基盤」の重要性
〜2026年の人的資本開示強化とAI活用を見据えた戦略的投資

コラム執筆者:香川 憲昭氏掲載日:2026年1月15日

人的資本経営の礎としての「情報基盤」の重要性 〜2026年の人的資本開示強化とAI活用を見据えた戦略的投資

2026年3⽉期以降、⼈的資本開⽰は新たなステージへ

これまで“単体中⼼”だった⼈的資本開⽰は、2026年3⽉以降施⾏が予定される法令改正により、主要⼦会社を含むグループ連結レベルでの定量情報の統合開⽰へと進化し、企業グループ全体を統合した⼈材戦略を⼀貫性あるストーリーとして開⽰することが求められるようになる。

企業戦略に連動した⼈材戦略の主要施策としての採⽤、離職、配置、教育研修、スキル、エンゲージメント、⼈件費――。これらが「どの事業で」「どのように蓄積され」「どんな質で」「どれくらいの財務的な価値向上につながっているか」について、投資家も市場もより⾼い精度で、連結ベースでの開⽰を求める時代が到来する。

しかしながら現時点では、多くの上場企業の⼈的資本情報基盤は、彼らが求める要求⽔準に追いつけていないのが実状である。本体と主要⼦会社ごとにITシステムが異なり、データ項⽬も統⼀されず、評価制度や職務定義もバラバラ。更には、ジョブ型⼈事に未対応でスキルデータが社内に存在しない、従業員ライフサイクルが途中で途切れる、⼈事マスターデータが揃わない――。
つまり、⼈的資本経営を⽀えるソフト・ハード両⾯の“インフラ”がグループ全体で整っていないのである。
このようなシステムの構造を放置したまま、データ・ドリブンな⼈的資本経営やAI活⽤は実装が困難である。

⽇本企業の⼈事システムは限界に達している

これまでの⽇本企業の⼈事システムは、「管理系業務」に最適化されてきた。
給与計算、勤怠、労務、安全衛⽣――いわゆる“事務処理を法律・税務に的確かつ正確に⾏うこと”がシステム化の主な⽬的であり、データは⼈件費計算や雇⽤管理のためにだけ存在してきた。
その結果、⼈事データは極めて狭い領域でのみ蓄積され、分析・活⽤には不⼗分な状態が放置されてきた。

[上場企業において散⾒される⼈事データ不備の⼀例]

  • 評価コメントはテキストで散乱し、構造化されていない
  • スキル情報は存在せず、職務定義も不⼗分
  • 異動・配置のログが残っていない
  • プロジェクト経験・業務実績は部⾨が独⾃に保有
  • ⼦会社ごとにシステムが異なり、統合できない

さらに、⼈事基幹業務領域におけるクラウド移⾏の遅れも深刻だ。
⽶国では⼈的資本情報基盤として、Workday・SuccessFactorsなどSaaS基盤が前提となり、スキル・ジョブデータ、評価データ等主要データ項⽬が標準化されている。⼀⽅、⽇本企業では、レガシーERPや独⾃開発システムがオンプレミスで15年以上増築を繰り返しながら使い続けられ、システム刷新が困難な状態が続いていることが多い。

⼈的資本経営の要は、「企業戦略実⾏のために、⼈と組織の充⾜度・健全度を可視化し、適所適材に最適配置すること」である。
だが、いまの⼈的資本情報基盤は、その⽬的を果たせる構造になっていない。
この点が、⽇本企業が⼈的資本経営で世界から遅れている本質的原因の⼀つである、と筆者は考えている。

企業競争⼒を左右する“スキルとジョブ”──未整備企業は投資家から選ばれなくなる

今、国内外の投資家が求める⼈的資本に関する開⽰内容として、最も注⽬されているのは、
「誰が、どのスキルを持ち、どれだけ戦略の実現と財務的価値向上に貢献できているか」
という“⾮財務情報の財務価値向上への貢献”に関する情報である。
国内外の投資家は、⼈数や研修時間といった定量指標よりも、上記を実現する上で必要となる⼈的資本の保有スキルの蓄積量と再配置⼒に強い関⼼を寄せている。

[投資家の関⼼の⾼い開⽰内容の⼀例]

  • DX推進に不可⽋なスキル保有状況と社内供給⼒
  • 次世代リーダー候補のスキルマップと充⾜度
  • 部⾨・職種ごとのスキルギャップ
  • 戦略に対して保有スキルがどれだけ⾜りているか
  • スキルを軸にした異動・育成の実⾏度

しかし、⽇本企業の多くは、この「スキル・ジョブ」基盤が未整備である。
組織ポジションごとの職務定義が曖昧で、スキル体系がなく、従業員⼀⼈ひとりの能⼒・資質を把握する⼿段が未整備で標準化されていない。このような状態では、⼈的資本の質を外部投資家に説明することが困難であり、外部からの⾼い評価を獲得することが難しい。
⼈的資本経営の改⾰推進を社内外に掲げるのであれば、まずはジョブアーキテクチャーとスキルアーキテクチャーの標準化が出発点になる。
⼈的資本経営は、きれいな理念・パーパスを唱えるだけでは成⽴しない。
“スキルデータ”という定量化された情報基盤が未整備なままでは、本質的な改⾰は何⼀つ実⾏できない。

AI活⽤は⼈的資本経営を“実装段階”に移⾏させる──SHIFTが象徴する未来

⼈的資本領域でAI活⽤が急伸しているが、本当に成果を出せる企業は限られている。その数少ない成功企業のうちの1社がSHIFTである。

SHIFTは、「⼈材の⽣産性を最⼤化すること」を経営の中⼼に据えており、AIを⼈的資本運営に深く組み込み、具体的な成果を上げている。

SHIFTの⼈的資本 × AI活⽤ユースケース

① プロジェクト経験・業務ログのAI解析によるスキル⾃動抽出
従業員が携わったプロジェクトの情報から、AIがスキルを推定。
アサインの精度が急上昇し、属⼈的判断が⼤幅に削減された。

② プロジェクト要件 × 社員スキルのマッチングAI
案件要件を解析し、社内の最適⼈材を⾃動特定。
アサインまでのリードタイムが劇的に改善された。

③ 評価コメントの要約・構造化AI
膨⼤な評価コメントから、⾏動特性やスキル指標をAIが抽出・要約。
評価の粒度・公平性が標準化された。

④ 離職予兆モデルの運⽤
稼働状況、評価履歴、スキル活⽤度をAIが分析し、フォローが必要な社員を早期に検知。

これらの成功を⽀えるのは、AIに投⼊できるレベルにデータが標準化された、独⾃開発の⼈的資本情報基盤「ヒトログ」が存在することだ。
どれだけ優れたAIを導⼊しても、

  • データが⽋けている
  • M&A後のグループ会社のデータがバラバラ
  • スキル定義の⽋如
  • 評価データが構造化されていない

といった環境では、AIはうまく機能しない。

AI活⽤の成否の80%は、情報基盤の質で決まると⾔っても過⾔ではない。

だから今、⼈的資本情報基盤のグループ連結整備が不可⽋になる

2026年以降、⼈的資本情報は“連結レベル”での整合性が求められる。
つまり、親会社だけが⼈的資本データを整備しても、実効性に乏しいことになる。主要⼦会社を含めた⼀体運⽤と標準化が不可避であり、グループ横断で必要となるのは、次のような構造だ。

[⼈的資本情報基盤の必須構成 ⼀例]

  • 組織ポジションごとのジョブ基盤(Job Architecture)
  • スキル基盤(Skill Framework)
  • 従業員ライフサイクルデータの統合
  • グループ横断の⼈的資本データ項⽬・マスタ標準化
  • ⼦会社も含むAPI連携の標準化
  • データウェアハウス + データレイクによる⼀元蓄積化
  • グループ横断⼈的資本開⽰⽤データマート(主要⼦会社含む)
  • 権限・ガバナンスの統⼀モデル 等

このような⼈的資本情報基盤を整えることで、経営課題と⼈材課題を数値で接続し、⼈材戦略がデータで裏付けられることになる。これにより、投資家への開⽰品質が向上し、その先にAIによる業務効率化、⽣産性向上や意思決定⽀援が可能となる。

2026年は⼈的資本“再編”の始まり──今動く企業だけが勝者になる

2026年から予定されている⼈的資本開⽰義務化範囲の拡⼤は、⼈的資本を企業競争⼒に変える企業と、変えられない企業に明確に分ける契機となりそうだ。

競争⼒の格差がつくポイントは、次の4つである。

  1. 企業戦略に連動した⼈材戦略が策定されているか
  2. ジョブ・スキル基盤を整備できたか
  3. 主要⼦会社を含めた⼈的資本データ統合ができたか
  4. AI活⽤を実装レベルで運⽤できるか

この4つを押さえた企業は、
「優秀⼈材が集まり→戦略実⾏⼒と⽣産性が⾼まる→組織の変⾰速度が上がり業績が向上→投資家他、社内のマルチステイクホルダーから⾼い評価を受ける→更に優秀な⼈材が集まってくるようになる」
、という“⼈的資本の好循環・グッドサイクル”に⼊る。

逆に、⼈的資本情報基盤整備への投資に躊躇している企業、ジョブ型⼈事とスキル体系が未整備の企業、主要⼦会社データが統⼀されない企業は、2026年以降の市場で確実に出遅れる。
⼈的資本経営の未来は、理念や制度だけではなく、⼈的資本情報基盤の質で決まる。

最後に:⼈的資本経営を、データで“実装”する時代へ

⼈的資本は「データで計測可能な」時代に⼊った。
「計測していない/できない」企業は、評価されない。
そして、まともに戦えない。

だからこそ、

  • ジョブ・スキルの可視化
  • グループ横断の⼈的資本データ標準化と統合
  • AI活⽤を前提とした⼈的資本情報基盤の整備

この三位⼀体の改⾰を、今すぐ始める必要がある。

2026年は、“⼈的資本情報のグループ連結開⽰”が始まる年である。
その波を活かせるかどうかが、次の5年の企業価値を決める。

今こそ、⼈的資本の「情報基盤」へ本気の投資を⾏うだ。

執筆者プロフィール

香川 憲昭

香川 憲昭

一般社団法人HRテクノロジー コンソーシアム代表理事

京都大学法学部卒業
香川県で生まれ育った後、KDDI、ドリームインキュベータ、JINS、Gunosy、ペイロールを経て、一般社団法人HRテクノロジー コンソーシアム代表理事(現任)
・KDDIで新規事業開発部門を経て、ドリーム インキュベータに参画し、経営コンサルティング及びベンチャー投資業務に従事
・2007年にJINS執行役員として経営企画室長、店舗運営責任者、総務人事責任者を歴任し、東証一部昇格に貢献
・2014年にGunosyに人事責任者として入社し、東証マザーズ上場を果たす
・2017年より、株式会社ペイロール取締役に就任し、営業・マーケティング統括及びHRテクノロジー領域の新規事業開発を陣頭指揮
・2020年9月より一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム代表理事に就任し、現任
・2022年に日本初「人的資本開示」専門書籍を2冊出版し、本分野のオピニオンリーダーとして活動中
・2024年8月より株式会社ジャパン・メディカル・カンパニー取締役就任

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