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IT企業で“心理学者”が活躍する理由
研究職がもたらす価値とイノベーションの可能性


NECソリューションイノベータには、研究者と事業開発者がともに知見を深め合い、未来の価値を探求する「イノベーションラボラトリ」という部署があります。ここでは、短期的に事業化を目指すのではなく、実験と検証を繰り返しながら、中長期的な視点で価値を生み出す研究が進められています。その活動のひとつとして開発された「自分日誌アプリ」の効果検証が、日本認知・行動療法学会 第50回記念大会にて優秀研究発表賞を受賞しました。この検証を手掛けたのが、博士(心理学)であり、イノベーションラボラトリに所属する市川玲子です。なぜ、IT企業であるNECソリューションイノベータに心理学者がいるのか?研究職が組織にもたらす価値とは?その背景とこれからの可能性について市川に聞きました。
IT企業で心理学者が活躍? 研究職が切り拓く、新たな可能性
大学院で博士号(心理学)を取得し、民間企業で心理学の専門家として働いていた市川は、2020年9月にNECソリューションイノベータにキャリア入社しました。当時、社内では心理学の専門家は珍しく、心理学の博士号を持つ研究者も在籍していませんでした。

イノベーションラボラトリ 主任
2017年 筑波大学大学院人間総合科学研究科の博士後期課程を修了し、博士(心理学)を取得。 大学での非常勤講師や研究開発コンサルティング企業勤務を経て2020年9月にNECソリューションイノベータ株式会社入社。 専門はパーソナリティ心理学、異常心理学、臨床心理学など。 現在は日本心理学会、日本パーソナリティ心理学会、日本認知・行動療法学会に所属。 |
「博士号を取得した後は、研究コンサルティングの仕事をしていました。そんなとき、NECソリューションイノベータから声を掛けてもらったんです。当時、大学の先生方との共同研究が進むなかで、社内にも心理学の専門家を迎えたいというニーズがありました。研究の橋渡し役として、専門知識を持つ人材が必要とされていたのです。最初に話があった時は、『IT企業で心理学者が必要とされるの?』と正直驚きました。でも話を聞くうちに、心理学の知見を活かせるフィールドが確かに存在していることがわかり、とても魅力を感じました」
市川が所属するイノベーションラボラトリには、心理学に限らず、生物学や経済学などさまざまな専門性を持つ研究者が集まっています。そのような組織がIT企業の中にあることが、非常に珍しくユニークに感じたと言います。
「私は心理学分野の研究全般を担当していますが、優秀な研究者たちと一緒に、異なる分野の知識をどう掛け合わせるか、どんな新しい研究につなげられるかを日々模索しています」
イノベーションラボラトリでは、計測が難しい生体情報をバイオ×ICTで可視化する「バイオセンシング」、ICTで個人の能力を最大化するスキルプラットフォーム「Augmented Human」、心理学と経営学を融合させ、次世代の働き方を描く「Well-being経営デザイン」など、さまざまな研究開発が進行中です。
今回、日本認知・行動療法学会 第50回記念大会で優秀研究発表賞を受賞したのが、「自分日誌アプリ」の効果検証に関する研究です。このアプリは、セルフモニタリングの技法を活用して、習慣化や行動変容を支援することで、目標達成やワークスタイルの改善を目指すものです。市川が入社した時点で、アプリのコンセプトやコンテンツはほぼ完成していました。そこで、心理学の専門家としての視点から改善点を洗い出し、実際にアプリを使ったときに「どのような心理的効果が得られるか」を検証するリリース前の実証作業に注力しました。

「『自分日誌アプリ』は、日々の習慣や行動、気分などを記録する機能に加え、心理学に基づく情報提供、目標設定、記録の振り返りや分析機能などを備えています。最大の特徴は、類似の自己管理アプリでは珍しい分析機能が搭載されていること。これにより、利用者が無意識にとっていた行動パターンがフィードバックされ、『認知・行動・感情・身体の状態がどのように関連しているか』に気づくことができます。実証実験では、NECグループ社員に4週間アプリを使用してもらい、使用前後で変化が見られたかを検証しました」
セルフモニタリングは、心理学の世界では古くから使われてきた手法です。NECグループ内での実証により、自己理解の促進、セルフコントロール力やレジリエンス(精神的回復力)の向上など、心理的な効果が確認されました。
さらに市川は、「仕事のパフォーマンスにも良い影響を与える可能性が示唆されるところまで確認できた」と語ります。
このアプリ自体を事業化する予定はありませんが、研究を通じて得られた知見を今後さまざまな分野へ応用していく方針です。例えば、今回の研究でセルフモニタリングツールとしての有効性が実証されたことから、「働き方の改善」や「教育現場における目標設定」への活用を見据え、現在チームで構想を練っている段階です。
エンジニアの直感に、研究の確かな裏付けを
市川が心理学の専門家としてNECソリューションイノベータに入社してから、4年半。現在では心理学の博士号を持つ社員は3名となり、イノベーションラボラトリには他にも幅広い分野の専門家が増えてきています。
「ここ数年で、博士号を持つ方のキャリア入社が増えました。行動経済学やバイオテクノロジーなどの専門家も加わり、領域の幅が大きく広がっていると感じます。当社はSIerとして、さまざまな技術を組み合わせながらお客様や社会の課題解決に取り組んでいますが、私たちイノベーションラボラトリは、新しい研究成果や技術を『事業の形』にしていく役割も担っています。
研究者だけでなく、事業創出を専門とするチームも別に存在しており、彼らが私たちの研究成果を活かしながら、新しいビジネスの可能性を探る活動をしています」

現場のエンジニアからは「こんなサービスを作りたいが、どうしたらもっと使ってもらえるようになるのか」「アイデアを形にしていく段階で、専門家と一緒に議論を進めたい」といった相談が寄せられるそうです。なかには、「顧客アンケートの結果を、どう読み解き、次にどう進めるべきかわからない」という声もあります。市川は、こうした声に対して、「この知見とこの技術を組み合わせれば、こうした展開が可能」といった具体的な提案や、「この知見を取り入れることで、既存事業の質をさらに高められる」といったアドバイスを行っています。
SIerにおける心理学の専門家としての貢献や、研究職の意義について、市川はこう語ります。
「心理学は、人間の行動や思考を理解する学問です。社員が構築した優れたシステムを、『人がどう使い、どう価値を感じるか』という視点でより良くしていくために、心理学の知見や方法論が役に立つ可能性があります。また、バイオテクノロジーなどIT以外の専門領域と組み合わせることで、これまでにない新しいサービスを生み出すこともできます。そして何より、社内に研究者がいることで、インターネットで見つかる曖昧な情報ではなく、確かな研究結果に基づいた強い根拠を持って意見を伝えることができる。これこそが、SIerで研究職が果たす一番の意義だと感じています」
すべての人が、その人にとって最良の状態で暮らせる社会を目指して
イノベーションラボラトリのミッションの1つに「Well-being関連の事業領域への貢献」があります。では、なぜWell-beingや行動変容の研究に取り組んでいるのでしょうか。
「ITの力を活用すれば、多くのことが可能になります。しかし、それをどのように人々の生活に役立てるかを考えたとき、心理学における行動変容の研究や知見が不可欠だと感じています。技術を活かすことだけを目的にしてしまうと、ユーザーのWell-beingが損なわれるリスクもあります。だからこそ、必要な行動を促しつつも、ユーザーにとって自然で心地よい形でアプローチすることが重要です。そのために、Well-beingの知見をしっかり組み込み、技術と心理学のバランスを取って研究を進めています」
「すべての人が、その人にとって最良の状態で暮らせるように」。市川はこの想いを軸に、これまで性格や対人関係、自己認知に関する研究を行ってきました。
「NECソリューションイノベータで働くことは、自分の研究を社会に活かす近道だと思っています。これからは、この環境を最大限に活かし、研究の成果をどのように社会に届けるかをあらためて考えたい。そして、私自身の想いを形にして、より多くの人々の生活を向上させるために貢献していきたいと思います」

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UPDATE:2025.5.16