給与のデジタル払い解禁を目指す政府 導入報道の中、給与担当者が検討すべきこととは? | NECソリューションイノベータ

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専門家コラム

給与のデジタル払い解禁を目指す政府
導入報道の中、給与担当者が検討すべきこととは?
【執筆者】中島康恵氏
株式会社シニアジョブ 代表取締役

UPDATE : 2021.10.29

2021年はデジタル給与払いの解禁に向けた報道が数多く出されています。解禁されると給与は銀行振り込みや手渡しでなく、QRコード決済や交通系ICカードなどのキャッシュレス決済サービスに直接入金されます。

政府が解禁を目指す中、企業の給与担当者が今検討すべきことは何か、シニア層に特化した人材派遣・人材紹介サービスを提供するシニアジョブの中島 康恵氏が現在の動向とともに解説していきます。

INDEX

デジタル給与払い解禁の背景
デジタルマネーを取り巻く現状

2021年4月19日、厚生労働省は「デジタル給与払い」解禁に向けて、労働政策審議会の労働条件分科会で新たな制度設計案を示しました。2021年10月現在も制度を固めている状況で、ここ数年に渡るデジタル給与払いの議論の行方が注目されています。

デジタル給与払いとは、PayPayやLINE Payに代表されるQRコード決済などのデジタルマネーによる給与の直接入金です。そもそも、デジタル給与払いは銀行口座の開設が難しい外国人労働者向けの支援策として、2015年頃から議論がスタートしました。ところが、2018年頃から政府が推進するデジタル化・ペーパーレス化施策の1つに挙げられ、対象が広がりました。その後、度々解禁が間近と言われるものの、日本労働組合総連合会(連合)をはじめとした反発の声も強く、現在まで解禁には至っていません。

その間も政府主導でキャッシュレス決済の普及は進み、2018年に約1650億円だったバーコード決済・QRコード決済の全国年間店舗利用額は2020年には約4兆2000億円と、わずか2年で25倍以上に拡大しました。月間アクティブユーザー数も2年間で約355万人から約3636万人と10倍以上も増加しています。

(出典:一般社団法人キャッシュレス推進協議会「コード決済利用動向調査 2021年9月10日公表」)

この数年でコード決済の利用は拡大しているものの、国内消費全体でみるとまだまだ小さな割合に過ぎません。2019年時点のQRコード決済比率はわずか0.31%です。クレジットカードやデビットカード、電子マネーなどを含めたキャッシュレス決済全体の決済比率は26.8%しかありません。いまだに現金や口座振り込みといった通貨を使った支払いが主流となっています。

(出典:経済産業省「キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会」第二回資料/2020年6月23日)

こうした背景から現時点では、デジタル給与払いで利用可能な決済の種類やサービス名は明確に示されていません。政府が求めるデジタル給与払いに対応する決済サービスには、以下の条件などが盛り込まれる見込みです。

【政府がデジタル給与払いに対応する決済サービスに求める条件】

  • 給与支払い日に1円単位で引き出せる
  • 利用者が不正取引で受けた被害を補填できる体制を整える
  • サービス提供元の資金移送業者が破綻した場合に備えて保証会社と契約を結ぶ

しかし、これらの条件を満たすことのできる決済サービスは、そう多くないでしょう。

給与デジタル払いのメリット
「手軽でスピーディー」は魅力なのか?

企業が給与をデジタル払いに切り替える主なメリットは、「振込手数料が安くなる」です。それに伴い「高頻度の給与振り込みが可能」になるため、今まで以上に給与の日払い・週払いに素早く柔軟に対応できるようになります。従業員の給与受取の選択肢が増えるため、長期雇用の正社員だけでなく、パートやアルバイト、副業人材などスポットで活用したい人材を採用しやすくなります。加えて銀行口座を持たない外国人や海外赴任者への給与払いでも重宝するでしょう。厳密には給与ではありませんが、単発契約のフリーランスの報酬支払いにもデジタルマネーを活用できそうです。

また、2020年10月に電子帳簿保存法が改正されたことで、キャッシュレス決済の利用明細データを経費精算の領収書として利用できるようになりました。給与もデジタル払いとなれば、従業員と企業間のお金のやり取りがキャッシュレス決済に一本化できるので、処理が簡素化されます。

従業員側のデジタル給与払いのメリットは、週払い・日払いで素早く給与が受け取れる点です。QRコード決済などデジタルマネーの利用頻度が高い人だと、給与がこれらのサービスに直接入金されることで、銀行口座からお金を移動する手間が省けるメリットがあります。今後、利用中の決済サービスが給与振込先に指定された場合、ポイント還元などもメリットとなるでしょう。

そうしたメリットがある一方で、デジタル給与払いに懸念されるデメリットもあります。キャッシュレス決済サービスには、銀行の預金保護法のような不正利用を補填する法律がありません。現時点では不正利用への対応や補償は、サービス提供会社に依存しています。近年、QRカード決済特有の詐欺も多発しており、不正利用の手口が銀行口座やクレジットカードと異なるため注意が必要です。こうした背景からデジタルマネーの給与払いが本格化するには、早急な法制度の整備が求められます。

デジタル給与払いを導入しても、今まで通り銀行振込を希望する従業員もいるでしょう。そのため、企業は従業員の給与の受取方法を、「銀行振込」「デジタル払い」のいずれかを自由に選択できるようにしておく必要があります。

従業員の給与受取方法の選択肢が増えると、給与担当者の作業の煩雑さが増します。銀行振込は、従業員1人ひとりの給与振込口座の金融機関が異なっても共通規格があるため、送金作業の効率化が進んでいます。しかし、デジタル給与払いには、まだ複数のキャッシュレス決済サービスを横断する共通化された送金手順がありません。こうした事情で、給与担当者の作業の煩雑さが増すだけでなく、デジタル給与払い導入後に作業がどのくらい増えるのか正確に予測できない怖さもあります。

デジタル給与払いのメリット・デメリットを踏まえ、導入を早めに検討すべき業種としては、製造業、運輸業、建設業、飲食業、小売業などが挙げられます。これらの業種では現在も日雇い・日払いのアルバイトや、外国人スタッフを活用しているケースが多く、銀行振込での対応がやりにくいため、手渡しの現金払いで対応していることも多いようです。デジタル給与払いが解禁されると、企業も労働者も多額の現金を扱わずにすむため、安心できます。それによって応募者が集まりやすくなる可能性もあります。

グローバル企業や外資系企業なども同じく外国人スタッフが多く、日本人でも海外赴任・出張の多い社員がデジタル給与払いのメリットを受けやすいため、早めの検討をおすすめしたいところです。若手エンジニアなどキャッシュレス決済の利用頻度が高い従業員を多く抱えるIT企業などでも、デジタル給与払いの希望者が多そうです。顧客向けにキャッシュレス決済を用意している飲食店・小売店などでも従業員側がメリット・デメリットをすでに理解していることから、導入の追い風になる環境と言えるでしょう。

会社と経理のマイルストーン
デジタル給与払いを検討するには何が必要か

「2021年度内の解禁を目指す」という報道が目立つものの、2019年、2020年と年度内の解禁を目指しながらもそれが断念されてきた経緯があるため、具体的な解禁日の予測はできません。仮に法整備が行われてすぐに解禁、もしくは法改正から一定期間をおいて解禁されても、企業にとって導入は必須ではありません。まだ不明瞭なことが多い状況ではあるものの、現時点でデジタル給与払いを実現するために、企業が検討しておくべきポイントを解説します。

【デジタル給与払い実現のポイント】

  • 導入前に決済サービスを利用して手間を熟知しておく
  • デジタルマネーは自社に適切な決済サービスを選ぶ
  • 経費精算をキャッシュレス対応にし、扱いに慣れておく
  • 導入当初はサービスの種類をできるだけ絞る

導入前に決済サービスを利用して手間を熟知しておく

企業にとってデジタル給与払いは、従業員のニーズに素早く柔軟に対応できるメリットと給与支払い業務が煩雑になるデメリットの微妙なバランスの上にあることが分かります。そのため、企業がデジタル給与払いを効果的に活用するには、導入前に決済サービスを利用して、どのくらいの手間が発生するかを熟知しておく必要があります。

デジタルマネーは自社に適切な決済サービスを選ぶ

現在、ニュースで取り上げられるデジタル給与払いの主な決済サービスはQRコード決済です。しかし、デジタルマネーには交通系ICカードなどのプリペイドカードやポイントカード、クレジットカードなど様々な種類があるため、まだ給与払いに使用できる決済サービスが決まっていません。こうした理由で、現時点では具体的な決済サービスの選定を検討するのは難しいと言えます。今後どういった決済サービスがデジタル給与払いとして認められるか動向を探りながら、自社に適切な決済サービスを選ぶとよいでしょう。可能であれば今のうちから、アンケートなどで従業員が希望する給与振込先の決済サービスを確認しておくとよいかもしれません。

経費精算をキャッシュレス対応にし、扱いに慣れておく

給与のデジタル払いを検討する企業は、経費精算のキャッシュレス対応でデジタルマネーの扱いに慣れておくとよいでしょう。もっとも、経費精算に用いる決済サービスがデジタル給与払いに対応するかは、まだわかりません。経費精算と給与払いのデジタル化を同時に実現したい企業は注意が必要です。

すでに経費精算や手当の支払いにキャッシュレス決済サービスを利用する会社もあります。ソフトバンクでは、社員の慰労目的で支払った20万円の「ニューノーマル支援特別一時金」のうち10万円分は、PayPayを利用したと言います。LINEでは、社員の交通費をLINE Payで支払っています。特殊なケースだと日本郵船が、船上電子通貨「MarCoPay」をグループ会社の乗務船員の給与払いに一部利用しています。

導入当初はサービスの種類をできるだけ絞る

従業員から複数のデジタルマネーを利用したいニーズがあったとしても、導入当初は利用する決済サービスの種類をできるだけ絞り、まずは操作に慣れることを優先すべきです。デジタル給与払いに用いる決済サービスが、他の取引でも使えると振込手数料がさらに安くなります。その場合は全社で該当の決済サービスを導入するとよいでしょう。

今後、「ポイント」と呼ばれるデジタルマネーだけでなく、日本円そのものがデジタル化して、データ上で決済できる日がやってくると言われています。すでに日銀は2021年4月から「CBDC(中央銀行デジタル通貨)」の実証実験を開始しています。2021年度内に解禁されなくても、国が通貨のデジタル化を推進していることから、給与のデジタル払いが実現する日はそう遠くないでしょう。

まとめ:避けられぬキャッシュレス化に関心を持って

長い期間、議論が続けられてきたデジタル給与払い。2021年度内に解禁する確証はないものの、その日は確実に近づいています。デジタル給与払いは、すべての企業や従業員に大きなメリットをもたらすものではありません。だからこそ、企業の給与担当者はメリット・デメリットを踏まえて、自社に最適なサービスを慎重に比較検討する必要があります。

すでに一部の企業では、経費精算などにキャッシュレス決済を使用しています。給与払いに限らず、社会全体のキャッシュレス化を止めることはできません。デジタル給与払いに関心のある企業は、経費精算などから自社に合ったキャッシュレス決済サービスを探すことから始めてみてはいかがでしょうか。

■執筆者プロフィール

中島 康恵 (なかじま やすよし)

株式会社シニアジョブ 代表取締役

1991年、茨城県に生まれる。少年〜学生時代はサッカーに打ち込み、J1のユースチームで活躍。大学4年生の時、自力で出資者と仲間を見つけて起業。翌2014年8月、株式会社シニアジョブの前身となる会社を登記。2016年よりシニア転職支援を手掛け社名を変更。売上前年比が最高で300%に及ぶ成長を続け、現在に至る。