会計コラム 税理士 米田 守宏氏・第1回 脱税と節税のさかいめコラム執筆者:税理士 米田 守宏氏 掲載日:2018年11月2日
脱税とは、節税とは
現役税理士としては記述するに勇気がいるタイトルです。
「脱税」を広辞苑で調べますと「納税義務者が義務の履行を怠り、納税額の一部または全部を逃れる行為」と書かれています。同じく「節税」とは「各種の所得控除や非課税制度を活用して税金の軽減をはかること」と記されています。まあ、簡単に言うと脱税は法律(税法や関連する法令など)を遵守せずに税金を少なくすることであり、節税は合法的に税金を少なくする、といったところでしょうか。ですから「脱税と節税のさかいめ」とは税法に従った処理をするかしないか、ということになります。
例えば、今日売上が100万円あった。しかし現金でもらっているから10万円くらい帳面にのせなくても大丈夫だろうと90万円の売上にした。これは売上の一部除外ですから「脱税」です。税務署はこのような行為には大変厳しい姿勢で臨みます。「わからないだろう」「ばれないだろう」という希望的思い込みをしていますと、どこかの時点で「こんなはずでは・・・」ということになります。

簡単な事例で説明します
一方、100万円の売上を得るために使った経費についてはどうでしょうか。出張で大阪に新幹線で行った。新幹線代として1万円使った。これは経費として売上から控除され、この人(会社)の所得は100万円マイナス1万円で99万円になります。税金は所得である99万円に課税されますから、100万円に課税されるよりも税金は少なくなります。では大阪に出張で行ったのだが、大阪の友人と飲みに行ってホテル代1万円使った。このホテル代は経費となるでしょうか。友人と遊んだためにその日のうちに東京に帰れなかったのだから、これは個人的な費用だろうと考える人もいるでしょう。しかし遊びといっても友人から現地の情報を得てこれからの仕事に役立てるかもしれないのだから経費でいいだろう、と考える人もいるでしょう。さらに言えば、仕事と友人と遊ぶための両方の目的での新幹線代だから5000円は経費で5000円は個人が負担するべきだろう、と考える人もいます。このようなところが今回のタイトルである「さかいめ」というところでしょうか。
一方、新幹線ではなく知人の車に便乗させてもらって大阪に行ったが、新幹線に乗ったことにして1万円を経費にする、ということは、いわゆる「架空経費の計上」という脱税になりますので注意してください。
少々専門的な話をします
「雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除」という制度があります。長い名称なので短く「所得拡大税制」と呼びます。この税制は日本経済を強くするため消費を伸ばさないといけない、そのために企業に労働者の賃金を上げさせようとする一種のインセンティブ目的で作られた制度です。簡単に言うと、給料総額が昨年よりも増加したら増加した額×10%の税額控除が適用できる制度です。少々面倒な計算手続きを要し、説明するのが大変ですので詳細は省略します。
実例です。某企業の決算1か月前に、所得拡大税制が利用できるかどうかのシミュレーションをしました。そうすると予定していた従業員への決算賞与総額をもう200万円余分に出せば所得拡大税制の適用条件に合致して税金が300万円減額できることが判明しました。社長に「どうします?」と聞いたところ「そりゃ、200万円上乗せして支給するよ。その方が従業員たちも喜ぶし会社も100万円税金を減らせる」。これは「脱税」ではなく「節税」ですし、政府の方針にも合致しています。
「節税」と「課税の繰り延べ」は違います
株式を上場していない中小企業はほとんど決算書を公表していないでしょう(会社法上は全ての株式会社は決算公告をする義務がありますが、ほとんどの非上場会社は決算公告をしていないのが実態です)。中小企業が決算書を見せる相手というのは税務署と銀行くらいではないでしょうか(取引先が要求する場合や信用調査会社に提出している会社もあるようです)。しかしながら儲かっている会社には誰からどこでどう聞きつけたのか、決算前に生命保険代理店から「生命保険で節税しませんか」とのアプローチが必ず来ます。不思議なものです。儲かっている会社にはお金の香りが漂うのでしょうか。
生命保険に加入すると本当に節税になるのでしょうか。保険料が100万円の場合、保険料は費用となりますから、税率35%とすると35万円だけ税金は少なくなります。合法的な節税です。しかし生命保険契約を解約すると解約返戻金といって支払った保険料の何割かが返金されます。この解約返戻金には税金がかかります。前で(保険料を支払った時点で)は節税になっていますが、後で課税されるようになっています。これは「節税」ではなく「課税の繰り延べ」と呼んでいます。区別すべきところです。
生命保険の解約時に得られる解約返戻金に税金が課税されることを避けるため、保険の勧誘時に「社長の退職時に併せて保険を設計し、解約時に社長に退職金を出して解約返戻金と相殺すれば税金はかかりません」と言われることがあります。これは正しい説明です。社長も「そうだな。自分の退職金準備のために保険に加入しておこうか」と考えるのも、もっともだと思います。しかしながら生命保険による退職金準備手法には乗り越えるべき大きな壁があります。
それは社長の引退です。なかなか一線を引かない、引けない、あるいは名目的退任。故に予定通りの時期に退職金を支払うことができない。そして解約返戻金のピークを過ぎてしまう。理論的には退職金と解約返戻金の相殺は可能ですが、実務面で難しさを何度か体験しています。「出処進退」に自信がある人ならば可能な手段です。