会計コラム 公認会計士 須藤 修司氏・第1回 「二重責任」という名の無責任(?)コラム執筆者:公認会計士 須藤 修司氏 掲載日:2019年10月30日
企業の皆様に問います。
会計監査人に不本意な会計処理を求められたと感じたことはありませんか?
さらに、会計監査人からの要求によって企業活動そのものが制約を受けていると感じたことはありませんか?
たぶん、会計監査を受けている企業において会計に携わる多くの方が少なからず感じているものと思います。
もっと言えば、そのために経営者が想定しているビジネスモデルを構築することさえできない状況にあると思うこともあるでしょう。
そればなぜでしょう?このコラムの本題はそこにあります。

1. 二重責任とは何か
そもそも「二重責任」とは一体何のことでしょう?
多くの人が会計監査人の責任逃れのように捉えるのではないでしょうか。なぜなら「財務諸表を適正に表示する責任は経営者にある」と宣言することから、財務諸表に対する責任についての記載が始まっているからです。
しかし、そうではありません。当たり前のことを言っています。だって、作る人がその品質に対する責任を負うのは当たり前ですよね!
では、なぜわざわざ「二重責任」といった言葉を持ち出すのでしょうか?
それは、監査人の財務諸表(財務情報)に対する責任を明確にするためです。会計監査人の財務諸表に対する責任は、財務諸表が適正に作成されているかを作成者(企業や経営者)から独立した立場でチェックし、適正であったことを宣言すること(監査すること)です。
少し分かりづらいですね。
このように、会計の世界において「二重責任」とは経営者の財務情報の開示に対する責任感を認識してもらうための用語であって、この用語を使用することによって会計監査人の責任が軽減されることはないのです。
これも当然です。
2. 会計監査人の無責任
会計監査人の責任は監査することです。監査することとは、財務諸表が会計基準等に照らして適正であるという証拠を入手し、十分な証拠がそろったら、「財務諸表が適正である」と宣言することです。
このような責任は分かりにくいですよね。
例えば、財務諸表の数字が間違えていて、経理課長が発見したとします。しかも「会計監査人監査後に!」です。経理課長が会計監査人にクレームを言っても、ひと言「ごめんなさい」は言うと思いますが、最終的な責任は問えません。なぜなら、適正な決算書を作る責任は会社にあるからです。
会計監査人がなんとなく無責任な感じがするのは私だけでしょうか?
でも、長年会計監査に携わってきた私にはごく当然のことで何の疑問もないのです。ただし、「十分な監査証拠がそろえられている」と言うことが前提です。
3. 経営者の無責任
では、なぜ経営者の財務情報への責任感が不足するのでしょうか?
これはとても深い問題です。どの経営者も、「会計は自分には関係ない」とは言わないでしょう。でも、いざとなると「監査法人が認めないせいだ」と心の中で思うことはあるはずです。なかには、決算発表時にはっきりそう言う経営者もいます。
なぜそう思うのでしょう?
それは、誤解を恐れず言えば、経営者の会計知識が不足しているからです。もしくは、会計に対する認識が会計基準の意図するところからズレているからです。
では、なぜ経営者の会計の知識が不足し、認識がズレるのでしょう?
どの経営者も日々努力もし勉強もして、少しでも多くの収益を上げるために頑張っています。これは会計の分野に対しても同じはずです。
ではなぜ?
それは、今の企業開示制度のもとでの会計基準は、投資家(または資金提供者)のために高度な専門家の助けを借りて読み解くような理論構築をしているからです。つまり、会計に関する専門知識が十分にある専門家が理解できればよく、「会計の専門家ではない経営者は会計の専門家に聞けばいいよ!」というスタンスだからです。
これは本当にそうなのでしょうか?
会計の専門家が教えてくれた見解をそのまま受け入れて本当に良いのでしょうか?
経営者としては、それはできないことだと思います。一つは経営者としての責任を果たすためであり、もう一つは「自分の想定した財務諸表にならなかったときになぜそうなるか理解したい」はずだからです。
私自身、会計監査を生業としているときに、「会計士が言うならそれでいいや」という経営者は見たことがありません(経理部長、経理課長さんクラスにはたまにいます)。
当然だと思います。
4. 財務諸表は横断歩道か −みんなで渡れば怖くない(?)−
二重責任の原則からすれば、企業の会計情報に責任を持つ人が複数いるわけです。その責任の質は全く違いますが、それぞれ責任を持っています。
俗によくある、「横断歩道みんなで渡れば怖くない」的に「誰かが責任をとるだろう」と思い、結局誰も責任をとらないことになっていないのでしょうか?
その可能性はなきにしもあらずですが、経営者と監査人との間に適切な牽制関係があれば、責任を感じているかどうかは関係なく適正な会計情報が開示されるようになります。
つまりは、責任云々と言うより、お互いの緊張感が大切なのだと思います。