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会計コラム白井 さゆり氏・第1回 企業のESG会計と標準化が進展する気候関連の情報開示コラム執筆者:白井 さゆり氏  掲載日:2022年12月6日

世界では、新型コロナ感染症危機、ウクライナ戦争、異常気象などにより、エネルギー・食料危機、インフレ、中央銀行の急速な利上げに見舞われている。なかでも、ウクライナ戦争は化石燃料へ依存し過ぎることがもたらすリスクを改めて認識させるきっかけとなった。エネルギー不足から一時的に石炭など化石燃料への依存度は高まったが、再生可能エネルギーを始め低炭素エネルギーの供給が世界で急速に拡大している。地球温暖化が原因とみられる大自然災害が世界各地で起きており、企業は他人事として無視し続けることは難しくなっている。 

拡大するESG投資

2015年に合意した温室効果ガス(GHF)削減を目指すパリ協定の下で、日本を始め多くの国がカーボンニュートラルの実現を公約している。カーボンニュートラルを宣言し、温室効果ガス削減目標を掲げ、低炭素なモノ・サービスの供給を目指す企業も世界で増えている。
この背景には、環境(E)、社会(S)、コーポレートガバナンス(G)を重視する投資が増えており、企業にビジネス改革を迫る動きが活発化していることが挙げられる。ESG投資家は年金基金や保険会社などの資産保有者と運用委託を受ける資産運用会社が中心だが、銀行も債権者として重要である。
2021年11月に投融資や金融サービスからのGHG排出量を2050年までにカーボンニュートラルにすること目指す環境意識の高い資産運用会社、保険会社、銀行などの金融業界団体が結集して「ネットゼロを目指すグラスゴー金融同盟(GFANZ、ジーファンズ)」が設立された。署名する金融機関数は発足後100機関以上も増えて現在は550以上の主要機関が署名しており、日本の大手金融機関も名を連ねる。融機関はこうした世界の動きに取り残されると名声とビジネスを失うリスクもあり、具体的な戦略と対応を迫られている。

なぜ企業による情報開示と世界における標準化が必要なのか

ESG項目はどれも重要で「S」には人的投資や労務管理を含むが、喫緊の課題として世界では気候変動を重視しており世界の標準化が最も進む。
ESG投資家が自社のポートフォリオからの脱炭素・低炭素化に取り組むためには、投融資先の企業の生産・営業活動からの脱炭素・低炭素を促さなければ実現できない。そのために既存の財務諸表の他に、ESG関連(非財務)情報の開示が企業間の比較可能で信頼できる形で進めていく必要がある。
世界には複数のESG情報開示基準を策定する民間組織が存在しており、企業によって採用する基準がばらばらで、自社の都合のよいように指標を取捨選択してきたため、開示標準化を求める声は高まっていた。
そこで国際財務報告基準(IFRS)を策定する国際会計基準審議会(IASB)を有するIFRS財団が、ESGなどサステナビリティ開示基準の標準化を図るのがベストだというコンセンサスが形成され、多くの政府や投資家の支持を受けて、2021年に「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」が創設された。ISSBは、(市民団体など幅広いステークホルダーよりも)ESG投資家が投資判断で必要な企業価値に関連する情報開示に焦点を当てており、環境に関してはTCFDガイドラインをもとにして気候変動から優先的に取り組み、その後、他のESG関連情報の開示も検討する計画だ。各国はこの開示基準をもとに自国の優先課題に沿って開示項目を拡充できる。IFRSに沿って財務情報を開示していない企業でも、ESGなどサステナビリティに関してはISSB基準にそって開示することが期待されている。
ISSBは2022年3月に、「全般的な要求開示事項案」と「気候関連の開示案」を公表した。現在は同提案に対するパブリックコメントを精査して改定作業を進めており、年内に審議を終了し2023年に最終版の発表を予定している。

サプライヤーの排出情報を重視:中小企業も対応が必要

このコラムでは気候関連について、現在まとまりつつある内容を踏まえて説明したい。企業が知っておくべき重要な点は、GHG排出量データの開示をスコープ1(自社の直接排出)とスコープ2(電気購入など間接排出)だけでなく、スコープ3(サプライヤーの排出)の開示の義務化が決まった点だ。
まずはスコープ1と2のデータの開示を進め、スコープ3は少し時間的猶予が与えられる。スコープ1と2の排出量は、絶対量でCO2換算した数値で開示し、①親会社・子会社と②関連会社・共同支配企業・連結子会社・関係会社に分けて開示することが求められる。
ESG投資家は、企業が少なくともスコープ1と2についてパリ協定合意にそって排出削減目標を設定することを求めている。既に2050年よりも早くカーボンニュートラルを達成する目標を掲げている大企業も多い。2050年という長期目標設定が難しい場合には、少なくとも2030年頃までの排出削減目標を掲げ、その進展度を毎年公表する統合報告書やサステナビリティ報告書などで示していくことが望ましい。
スコープ3の情報開示については、世界的な標準となっているGHGプロトコールを中心に15分類がベースになる。川上については8分類あり、①購入した製品・サービス、②資本財、③スコープ1とスコープ2に含まれない燃料・エネルギー関連活動、④輸送、⑤事業からの廃棄物、⑥出張、⑦従業員の通勤、⑧リース資産から構成される。川下については7分類あり、⑨輸送、⑩販売した製品の加工、⑪販売した製品の使用、⑫販売した製品の廃棄、⑬リース資産、⑭フランチャイズ、⑮投資から構成されている。
ISSBがスコープ3情報を重視するのは、大半の産業で排出される排出量はスコープ3に集中しているからだ。電力・セメント・鉄鋼業界では自社の生産活動(スコープ1)で、電力消費が多い通信産業はスコープ2の排出量が多いが、それ以外のほとんどの産業はスコープ3の排出量が多い。ESG投資家や銀行であれば⑮の投資、自動車産業であれば⑪のユーザーの運転時の排出量、食品・家電産業であれば①の原材料や中間財に集中する。
排出量の算出方法は環境省などウェッブでも資料が公開されている。まずは自社のビジネスモデルがどのカテゴリーで排出量が多いのかを把握することから始めるとよい。そのうえで、その排出の多いカテゴリーの開示をいつまでにどの程度削減するのか取締役会で数値目標を決定する。次に、その目標をどのようなやり方で削減していくのか、設備投資、M&A、研究開発の資金配分を含めて検討して、実践に移していくステップを踏むことになろう。
中小企業にとっても他人事ではない。大企業がスコープ3の排出量の開示と削減が必要になっており、大企業からの削減要請が高まっていくからだ。さらに、銀行も融資先の中小企業に対して脱炭素・低炭素化を進める必要があり、企業にコンサルを始めている。将来的には融資条件も進展度によって調整される可能性がある。

TCFDガイドラインに沿った開示がコンセンサス

ISSBが決定した開示内容でもうひとつ重要な点は、気候変動だけでなく全般的な要求開示事項でも、「財務情報開示タスクフォース(TCFD)」のガイドラインに沿って開示することが決まったことだ。TCFDはG20の指示により金融安定理事会(FSB)によって2015年に設立され、2017年にガイドラインを発表し、2021年に改訂されている。「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの柱で構成されている。
気候変動の文脈で簡単に説明すると、「ガバナンス」では、取締役会による監視体制や気候変動のリスクと機会の評価・管理を実施して、経営者の役割を説明することを要請している。気候対応はコストをともなうが、企業にとって新たな収益機会になる点にも注目するよう促している。企業内に専門委員会の設置や担当取締役か執行役員の任命、取締役会での定期的な報告と監視の責務などを説明する。
「戦略」では、気候変動のリスクと機会が企業のビジネス・戦略・財務諸表への及ぼす影響(実際の影響と潜在的に見込まれる影響)について、企業の財務にとって重要(マテリアル)な場合には開示する。また、短期・中期・長期の気候変動のリスクと機会を説明しなくてはならない。ここでいう長期とは2050年頃を指している。「リスク管理」では、気候変動リスクをどのように識別・評価・管理しているのかの説明と、企業の通常のリスク管理にどのように組み入れているか記述する。最後に、「指標と目標」については、気候変動のリスクと機会を評価・管理する際に用いる指標と目標を掲げ、それに対する実績について開示していくことになる。GHG排出量のデータ開示は必須となる。

最後に、企業は気候対応をコスト増だと後ろ向きにとらえるのではなく、脱炭素・低酸素の実現には技術革新とデジタル技術の発展が必要なため、企業にとって新たなビジネス機会が世界で沢山広がっていると捉えるべきである。世界でリードするビジネスモデルに向けて今から健全なリスクをとり信頼できる情報開示を目指すことが重要だ。

執筆者プロフィール

白井 さゆり

白井 さゆり慶応義塾大学総合政策学部教授

現在、慶応義塾大学総合政策学部教授。アジア開発銀行研究所のVisiting Fellow兼サステナブル政策アドバイザー。野村サステナビリティ研究センターおよび日清オイリオグループのアドバイザー。2020~21年英国系の企業に対するESGエンゲージメント専門会社EOS at Federated Hermesの上級顧問。2011~16年日本銀行政策委員会審議委員。2016~17パリ政治学院客員教授。元IMF(国際通貨基金)エコノミスト。米国コロンビア大学経済学部博士課程修了、Ph.D.(経済学博士)。専門は、国際金融、金融政策、日本・世界経済、ESG投資とESG経営。世界の中央銀行、国際機関、シンクタンクなどが主催する国際会議や討論会などで講演・パネリストとして数多く出席し率直な意見交換を実施している。米国CNBC、ブルムバーグ、BBCなどの有力メディアのテレビ番組などでコメンテーターとして出演多数。国内でも複数のテレビ・ラジオ番組で解説。ジャパンタイムズ紙への寄稿。世界の金融政策関連ニュース・分析を行うイギリス系国際金融情報サービス会社Central BankingのContributing Editor。日経電子版のThink!エキスパートとしてニュースにひとこと解説も実施中。時事通信社の金融財政ビジネス巻頭言を担当。近著に『SDGsファイナンス』『カーボンニュートラルをめぐる世界の潮流:政策、マネー、市民社会』がある。英語での書籍・論文も複数出版している。
個人ホームページURLは http://www.sayurishirai.jp/