会計コラム

Well-beingがもたらす人的資本投資と企業価値の成長戦略 - 令和から世界へ -

コラム執筆者:髙橋 圭祐氏掲載日:2023年8月21日

Well-beingがもたらす人的資本投資と企業価値の成長戦略 - 令和から世界へ -

1.はじめに

近年、企業が競争を優位に進めていく上で、無形資産への投資が重要性を増し、その割合が高くなってきています。従来、企業の競争力や価値を高めるために、企業は機械設備、工場および構築物などの有形固定資産投資を重要視してきました。
しかしながら、近年、ブランドや知識、特許、そして人的資源のような目に見えない無形の資源が重要な役割を果たしています。我が国における企業価値に占める無形資産の割合は米国の代表的な株価指数であるS&P500と比較すると低く(経済産業省、通商白書2022より)、我が国の企業価値を高めていくことの重要な課題の一つと言えます。
なかでも極めて重要とされるのが人材への投資であり、人材に係る費用を「コスト」ではなく、企業価値を高めるための「投資」と捉える考え方に移行してきております。これは米国の主要IT企業GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に代表されるように、今日の経済はナレッジ型経済ともいわれ、労働力としての従業員そのものより、人のもつ知的財産、重要な知識・ノウハウなどの無形な能力に着目したあり方が問われているからです。
この人的資本の考え方は、「Sustainability (持続可能性)」、「SDGs : Sustainable Development Goals (持続可能な開発目標)」や「ESG : Environment Social Governance (環境・社会・企業統治)」とも深いつながりをもっており、「2030年アジェンダ」として各国が取り組んでいるSDGsにおいては、目指すべき世界像として「我々は、すべての国が持続的で、包摂的で、持続可能な経済成長と働きがいのある人間らしい仕事を享受できる世界を思い描く」と述べられており、これがWell-being の世界といえます。

2.人的資本資源とは

人的資本資源とは、個人の知識、経験、ノウハウなどの集合的な人的資本といわれています。会計上、これを外部報告に焦点をあてる貸借対照表にいかにして計上されるかに焦点があてられます。財務会計の概念フレームワークでは、資産の定義を「資産とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう。」と定めています。また、現行の会計基準においては、人的資本資源はのれんの一部として取り扱われており、個別に識別可能な無形資産として認識・測定することは禁止されています。よって、現状、人的資本資源の会計においては、貨幣額での認識・評価に焦点を置かず、オフバランス化した非財務諸表の情報として取り扱われています。
しかしながら、当該人的資本資源をIFRS16号に照らし合わせれば、人的資本資源を人的資産の使用権(Right of Use Human Assets)として、貸借対照表の無形固定資産に計上する考え方もありえます(これは、後述するプロスポーツチームにおける選手登録権を参照)。この場合において、無形固定資産、またはのれんの一部として評価するときは、当該評価はIFRS第13号「公正価値測定」に準じて評価されると考えられます。IFRS第13号では、公正価値を「測定日における市場参加者間の秩序ある取引において、資産の売却により受領する、または負債の移転により支払う価格」と定義されています。この公正価値の評価方法として以下の3つアプローチがあります。

  1. ①コスト・アプローチ
  2. ②マーケット・アプローチ
  3. ③インカム・アプローチ

3.国際的な人的資本資源の開示

人的資本資源を開示するために、国際的な共通の基準が国際標準化機構:ISO(International Organization for Standardization)から、ガイドラインが示されています。特に、ISO 30414では、人的資本資源に関する情報の規格を以下の11領域に分類しています。

  1. ①コンプライアンス、倫理:Compliance and ethics
  2. ②コスト:Costs
  3. ③ダイバーシティ:Diversity
  4. ④リーダーシップ:Leadership
  5. ⑤組織文化:Organization culture
  6. ⑥健康、安全、ウェルビーイング:Organizational health, safety and well-being
  7. ⑦生産性:Productivity
  8. ⑧採用、異動、離職:Recruitment, mobility and turnover
  9. ⑨技能、能力:Skills and capabilities
  10. ⑩後継者計画:Succession planning
  11. ⑪労働力:Workfare availability

4.英国での事例

英国プロサッカークラブであるArsenal Holdings PCLでは、人的資本資源の評価をする上で、あくまで現行の会計基準に則り取得原価主義会計で選手登録権(注1)を貸借対照表の無形資産に計上しています。当該金額は、獲得に費やした一連の費用です。しかしながら、財務諸表の注記において以下のように示しており、現在の会計基準に選手登録権の現在価値が反映できていないことを示しています。
「選手登録権のコストの額は、選手登録の獲得または契約延長に関連するコストの取得原価に基づいたものである。したがって、選手登録権の正味帳簿価額は、当該選手の現在市場価値を反映するものではなく、またそのような意図もない。また、当該グループの若手育成システムを通じて成長した選手を考慮に入れようというものでもない。取締役は、選手の現在価値が帳簿価額よりも大きく上回っていると見積もっている。」

注1)選手登録権 ( Player’s registration)
選手登録権とは、プロサッカークラブがプロサッカー選手と契約し、その契約期間内は独占してサッカー選手のサービスを享受できる法的権利である。

5.我が国の動向

我が国においては、令和5年5月16日に政府の新しい資本主義実現会議から「三位一体の労働市場改革指針」が公表され、「人的資本こそ企業価値向上の鍵との認識の下、個々の企業の実態に応じて、労使による企業内の人事・賃金制度の見直しを中核に位置付けつつ、労働移動に対する不安感等を徐々に払拭するとともに、人への投資の抜本的強化などを通じて仮に転職しても将来戻ってきてもらえるような人材を惹きつける企業を増やしていく。」という持続的な人的投資が企業価値を高める考え方といえます。
また、日本企業は従来から現場で育成を行うOJT(On the Job Training)が中心であり、当該OJTに費やされた時間相当額が人的資源投資として表面化されにくい傾向にあります。そのため、企業の個別価値の集合体である人的資本資源(従業員1人1人)の領域を顕在化させる上でも、以下のようなプラット・フォームが必要になっていくと考えられます。

コンセプト

  • SAMUQUE(Samurai Quest:仮称)というプラット・フォームを構築
  • 名刺(Business Card)の代用
  • SAMUQUEには、SAMUQUE Cardを掲載できる
    SAMUQUE Cardとは、他社/他人が自分を評価することにより、市場評価が反映した独自の履歴書や職務経歴書等をいう
  • 企業としての観点:自社の従業員Cardが強ければ強いほど、企業価値が向上
  • 従業員としての観点:自分の価値を市場価値と常に比較することができる

機能

  • 人的資源を数値化することにより、従業員からみた企業価値を算出
  • 他社/他人が会社/ヒトの企業価値・履歴書・職務経歴書を作成(SAMUQUE Card)し評価することにより、市場価値が算出されることを期待(例、5社・5人以上の承認でプラット・フォーム上に掲載可能など)
  • 転職の際、海外では一般的に使用されているReference Letterと同様の機能を有することを期待
  • 個人の知識・経験等を数値化することにより、レベル分け長所・短所が具現化できることを期待
  • プラット・フォームなので、人材会社/求職者のマッチングがより適切になることを期待(最善のパーティーを結成)

6.おわりに

今回は、「Well-beingがもたらす人的資本投資と人的資本ROI - 令和から世界へ -」について概要をご説明しました。人的資本投資は、あくまで企業価値を持続的に成長するために行うものであるため、生産性領域の観点から、人的資本資源に対する投資利益率を表す人的資本 ROI(Return On Investment) が重要になってきます。
新型コロナ・ウィルスにより、アフター・コロナ、ウィズ・コロナと言われている中、「Well-being」の重要性が個人においても企業においても重要性を増しています。そして、人的資本資源への投資は「Well-being」の考え方である、より幸福な社会を実現するための一手段であり、我が国人材への投資・再投資が世界へ挑戦する機会を育んでいくものと期待しています。

執筆者プロフィール

髙橋 圭祐

髙橋 圭祐

アークアウトソーシング株式会社 ARK税理士法人
ディレクター

主に外資系企業を対象としたバイリンガルアウトソーシングプロバイダーのディレクター。
海外にて会計/税務の専門家として業務に携わった経験により、国内取引だけでなく海外取引にも精通。業種を問わず、幅広い分野の会計税務のアドバイザーとして活躍中。

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