人事・総務コラム 戦略人財コンサルタント 鬼本 昌樹氏・第8回第2回目:DX時代における人事の働き方はどのように変わるのか コラム執筆者:戦略人財コンサルタント 鬼本 昌樹氏 掲載日:掲載日:2020年1月15日
第1回目では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の意味とその本質について理解しました。それは、単なるデジタル化対応というレベルではありません。デジタル技術のRPAやAIなどを利用したビジネス・モデルを構築する、そのためには現行のビジネス・モデルを変革しなければならないこと学びました。しかも、その変革ができなければゲームチェンジによって企業の存続にも影響することも理解しました。DXへの対応は、危機感を持って検討する必要性も理解しました。
第2回目は、デジタル技術を利用した人事の働き方と社員の働き方について解説します。

人事部のデジタル化の取り組み遷移
これまで人事部で利用してきたデジタル技術といえば、イントラネットを利用した社内申請の電子化(引越しなどによる住所変更手続き、家族構成の変更手続き、定期代申請など)や給与明細の電子化による紙媒体の廃止、Webによる新卒採用のエントリーシートや面接予約や面接結果の報告、ERPの人事パッケージなどがあります。ERPはさらに、従業員のデータ管理(異動履歴、基本台帳)や組織情報管理、給与・賞与計算、労務管理が主流です。
人事評価の仕組みは目標管理と併せて個人別のデータをExcelで管理し、最終結果のデータをERPへアップロード(転記)した使い方は多いと思います。採用でも、担当者がExcel資料を独自に利用しています。内定者の入社時に、当該データのみをERPへアップロードする、という使い方も当たり前のようです。目標管理シートもExcelを使った企業も多いのではないでしょうか。
このようなExcelを多用してきたため、人事の統合ERPはかなり遅れていると思います。それは、財務・会計管理や販売管理、在庫管理、生産管理とは違って、従業員の個人情報ばかりを扱うため、人事の強い要望から、他のパッケージと同じデータベースにつなげると社員情報の漏えい問題・セキュリティ問題にひどく懸念をしていたからです。このような状況から、人事パッケージだけは別システムとして使われてきました。
人事パッケージでは、従業員の異動などの変更があるたびに、データの管理・運用に追われます。給与計算では残業時間の集計、欠勤日数の確認があります。このように、人事部のデジタル化は、人事の「作業」の一部の効率化としてデジタル化が進みました。
人事部の現状
企業の規模や業種を問わず、人事におけるデジタル化は進んでいます。基幹システムとしての統合ERPの構築の差はあっても、単独の人事給与計算パッケージや労務管理パッケージを導入している企業は多いでしょう。さらに進んで、この数年間で、タレントマネジメントのパッケージを導入している企業も増えてきました。従業員が多い企業では、顔は知っているけど名前は分からないなど、顔と名前が一致しないことがあります。特に、経営陣や上級管理職などによる会社人事を話し合う場合は、特に深刻な場合もあります。例えば、人事異動や昇格、人事評価では顕著です。これらを解消するために、タレントマネジメントを導入している企業は増えています。
大手サービス業A社の現状
2年前の2017年に、タレントマネジメントのパッケージを導入したA社(大手のサービス業、従業員数7,500人)の例を紹介します。
A社では、毎月、人事会議を行っています。社長を含めた役員会のメンバーと人事部長、経営企画部部長、事業推進部部長の12名で構成しています。人事戦略会議では、①採用進捗、②人事異動、③昇格候補、④3カ月ごとの人事評価、⑤その他(人事的問題が発生した場合、労務問題、ハラスメントやメンタル問題、退職者など)などです。戦略的な議題というより、従業員個別の議題で議論し意思決定をしています。
タレントマネジメントを導入するまでの会議では、従業員個別の議論が不十分でした。計画に対する進捗であるとか、従業員個別の検討をする場合でも、知っている従業員の話題は盛り上がっても、知らない従業員は「人事に任せる」で終了でした。会議資料においても、人事が数日掛けて資料を作成していました。その資料をもとに、人事部長が説明をし、議論が展開しました。しかし、人事が用意した資料だけでは経営陣は必ずしも満足してくれませんでした。経営陣の関心事が人によって違うためです。人事部長は、毎回、分厚い人事情報のバインダーを何冊も持参しての対応をしてきましたが、瞬時に検索して回答することができなかったのです。例えば、従業員の履歴や性格診断テストの情報、異動履歴、家族構成、資格など、補助的にでもすぐに確認したい情報などがありました。
補助的な情報が確認できないために、経営陣が最終判断できないという場面も何回もありました。こうなると、次回の会議まで判断の先延ばしとなります。経営陣からすれば人事部長へのフラストレーションが残ったままとなります。
A社のデジタル化は20年以上も前から進んでいました。当時から、人事のERPパッケージを導入していましたが、操作は、人事部長にとって簡単ではありませんでした。
人事のERPパッケージとは別に、タレントマネジメントのパッケージを導入し、これを機会に、A社の人事会議が、ガラリと変わりました。
- ① 人事部は、膨大な会議資料を別途作成する必要がなくなりました。
- ② 経営陣が即座に知りたいデータもその場ですぐに確認することができました。
- ③ 従業員の議題では、必ず写真付になったため、従業員別の意見交換が具現化し、経営判断もタイムリーにしやすくなりました。
- ④ 経営陣の満足度が倍増しました。
- ⑤ 人事部長自らパソコン操作を行い、経営陣が見たい個別のデータを即時に大スクリーンに映し出すことができ、人事部長への信頼感が増しました。
残された重要課題としては、
- ① コンピテンシが定義できていないため、従業員の能力レベルが明確に判別できない。
- ② 過去データはあるが、性格診断などの資料から適材適所なのかの判断が客観的に判断できない。
があり、今後の問題解決が試されています。
DXに対応したB社の事例
A社より、さらにDXを積極的に取り組んでいるB社(中堅規模の専門商社、従業員800名)を紹介します。変革プロジェクトを立ち上げて取り組んでいます。
B社では、AI技術を利用したタレントマネジメントを導入し3年が経ちました。昨年から、適材適所と採用、エンゲージメントに改善と強化を推進しています。デジタル技術を駆使した人事部のビジネス・モデルの変革が始まり、効果が出てきました。
タレントマネジメントを導入しても暫くは、人事部の働き方は、旧態依然と変わりなくプロバイダサービス、つまり人事業務の作業が主要でした。そこには、人事部が会社の戦略的な機能や役割を果たすとは程遠い関係がありました。経営陣も、人事戦略を人事部に期待することはありませんでした。過去には期待した時期もあったようです。
タレントマネジメントが安定稼働してから、その機能の理解や本質的な活用が理解できるようになり、人事部長も戦略的に対応する必要性と重要性が分かり始めました。それが人事の働き方に影響し、変化が現れました。
それは、
- ① 経営資源の「ひと」を計画的に活かすために、まず、「求める人材像」を明確にし始めました。しかし、これからいきなり定義すると「軸ぶれ」の恐れがあります。軸ぶれを防ぐために、「人事ポリシー」を定義しました。「人事ポリシー」とは、会社はどのような人材を大切にしたいのか、また、その人材をどのように大切にするのか、という経営視点で人材に対する方針です。
- ② 「人事ポリシー」を軸に、「求める人材像」を定義することにし、求める人材像を「できる人材」だけに留めず、「可能性を持った人材」も定義しました。可能性のある能力は、リーダーシップ能力に絞りました(全従業員がリーダーシップ能力を高め、自主的に働いてほしいからです)。
- ③ タレントマネジメントに登録している従業員別の能力・スキルの棚卸しデータから、コンピテンシを定義し、これに基づいて「求める人材像」の分析を実施しました(このような分析をする働きは一度もしたことがありませんでした)。
- ④ 全社共通するコンピテンシが決まり、職種別、役割別と各コンピテンシが決まり、文章化と見える化で全社員へ人事ホームページを通して公開し、管理職研修に取り入れて浸透させてきました。
- ⑤ 管理職と従業員からは、キャリアパスの検討に役立ち、現職に求められる能力・知識に対して何が不足しているのか明確になるため、教育研修への関心に変化が現れました。必要な研修に、積極的に参加が始まり、習得効果が改善できたのです。従業員の仕事に対する意識の変化が現れました。
- ⑥ 人事も、採用や適材適所、さらにはエンゲージメントに活かされるようなりました。採用活動では、管理職の面接官としての意識とスキルも高まったこと、適材適所では、本人の希望だけでなく適性検査とキャリアパスなども考慮され、従業員満足度が得られる配置が実施できるようになったことがあげられます。エンゲージメントでは「求める人材像」に価値観検査のデータを取り組んでいるので、仕事の価値観のズレ程度が客観的に分析できるようになりました。現場の教育によって、仕事の価値観の対話が上司と部下とでできるようになりました。
- ⑦ これまで労務管理や給与計算、採用、入退社や異動による事務手続きなどはRPAの導入や、アウトソースによって、人事部の働き方の半分が戦略的な仕事にパラダイムシフトしました。
人事の働き方の大きな変革の一部を紹介しました。人事のビジネス・モデルも変革されました。まだ完全ではありませんが、継続的に進んでいます。人事が現場に足を運び、管理職やスタッフと対話や面談が行われるようになって、管理者と人事、従業員と人事の関係の質にも変化が現れたことは期待以上の効果があります。
次回は、第3回目で最終回となります。DX時代における人事の役割と価値とは何かをテーマで解説します。