人事コラム 前田 良平氏・第2回テレワーク時代の人事政策 -抜本的な働き方改革、生産性向上へ向かうためにコラム執筆者:前田 良平氏 掲載日:2020年9月15日
新型コロナで強制的に実施されたテレワークだが、東京商工会議所の5月末から6月初めに行った調査では、7割近い企業がテレワークを実施し、その効果として半数の企業が「働き方改革が進んだ」と回答し、生産性の向上、コスト削減への効果を上げている企業も多い。一方でテレワークの課題として、IT環境の整備やハンコ対応の問題などに加えて、社内コミュニケーションの問題や個人の管理や評価といった課題も上がっている。今回のテレワークの実績を、新型コロナ対策の一過性のものとしてしまうか、定着させ真の働き方改革、生産性向上へのトリガーとできるかは、今後の人事管理の仕組みづくりにかかっていると言えよう。特に中小企業では、しっかりとしたマネジメント教育がされないまま事業継続されていて、そのままテレワークを実施するには課題も多いと感じている。

よく、うちの会社は仕事の定義(Job Description)がしっかりできていないし、テレワークで野放しにしたら管理ができない、という意見を聞く。しかしそういう見方には、マネジメントの在り方、個人の業務と目標管理に対する考え方に、テレワーク以前の問題があるように感じてならない。マネジメントを、だれかを管理・コントロールすること、と誤解していないだろうか。いまだにマネージャーがグループ員に事細かに指示をし、その通りの行動を求めるような軍隊的な管理の在り方をよしとする風潮が日本の組織のなかには根強いように思う。高度成長期のように、すべてをルーチンワークで量さえこなせば右肩上がりで成長できる環境であれば、そのほうが短期間での結果は出るだろう。しかし今は、単純作業はコンピュータやロボットが代替してくれる一方で、ますます市場の要求は複雑化し激しく変化する時代である。人の創意工夫・創造性の発揮が必要だ、と言いながら、従業員の行動をいちいちコントロールするようなマネジメントをしていては、人材難のなか、意欲のある人材を確保することすらままならなくなるだろう。
一方で、Job型、成果主義を徹底して、むしろ野放しでいいから成功報酬型にするのが良い、という主張も多いように感じるが、個人レベルの成果主義を信奉する向きには警鐘をならしたい。結果を求めることは企業として当然である。しかし個人の目標を、販売額や一日の処理件数などを予算からの割り振りで押し付け、それを個人の報酬にリンクして課すべきではない。単に割り振った売上目標を個人に課して尻をたたき、行動まで事細かにチェックして、挙句数字が上がらないことを理由に給与をカットするようなことをすれば、だれがまともにお客様に対して誠意ある対応に時間をかけて取り組もうとするだろうか。無理に顧客無視のつじつま合わせの押し込みをして、下手をすればコンプライアンスの一線を越える従業員が出てきても不思議はない。他者と協調しようにも、すべて個人業績が優先されるのであれば、本来組織の要であるチームワークが壊れるのは目に見えている。そういう環境のままテレワークをすれば、相手が見えないことで、なおさら疑心暗鬼が生まれ組織が崩壊していくとしても、無理からぬことだろう。
では、どのようなマネジメントが望まれるのか。企業にとって重要なのは、お客様・市場への「この会社にしかできない価値」の提供であって、その結果としての対価を得て成長することである。マネジメントは、自分たちの組織が何のためにあるのか(Purpose)、提供している価値は何なのか(Value)を示し、それを実現するための目標を設定しグループ員と共有する。その上で、自分たちの顧客へ価値を提供するために、個々が自ら主体的に目標を立て創意工夫をして行動することをコーチングし、サポートする。さらにチームワークを促し組織のパフォーマンスを最大化し、かつ成長するよう努力することが、真のマネジメントである。
このコーチングを主体とするマネジメントには、実はテレワークの距離感がちょうどいい、と私は感じている。同じフロアで顔を衝き合わせていれば、気になって細かく意見をしてしまうこともあるだろうが、テレワークであれば、必要のない限りはそれぞれの自主性に任せざるを得なくなる。その上で、個々人のスキルレベルや進捗を見ながらのコーチングも、むしろ距離を置くことで時間を取ってデザインしやすくなる。
コミュニケーションの問題も、従来同じ部屋にいて顔が見えるだけでなんとなく意思疎通ができているように思ったり、たまの居酒屋の飲みニケーションで、コミュニケーションをしているつもりになっていないだろうか。もちろん人間関係の構築にはそうした時間も必要だが、組織としてのコミュニケーションには、一人ひとりの目標に対し、その進捗・達成状況についてレビューをし、問題があればその対策について真摯に話し合い、解決策をサポートすることが必要だ。場合によっては、問題がお子さんの対応や介護の必要性とかプライベートな事にあるかもしれない。そうしたことも含めてきちっと話しをして信頼関係を作れるコミュニケーションの機会を意図的に作らなければいけない。
私のかかわった会社では、必ず年初にマネージャーがグループ員と一対一のプライバシーが確保された空間で面談し、個人の目標管理シートを基に前年のレビューと目標設定について話し合う場を設ける。そして半期では、中間評価と後半期のアクションについて同様に一対一で話し合う場を設けている。マネージャーは、日常の情報の共有に努め、必要により個別のコーチングを怠らないよう促される。実はこれらのコミュニケーションは、物理的に場所を用意し集まろうとすると非常に大変で、従来ものすごいエネルギーが掛かってきた。それがテレワーク中のオンラインで行うと、はるかに簡単にできてしまう。マネージャーもグループ員も自宅にいれば、必要ならいつでもプライベートに打ち合わせができるし、グループミーティングも、オンラインのほうがはるかに簡単に集まれる。デジタルネイティブ世代には、普段のコミュニケーションもチャットのほうが自然なようだ。
どうだろう、テレワークは現代のマネジメントスタイルに実にマッチしている、と言えないだろうか。
スイスIMD教授ジョージ・コーリーザー氏他が提唱する「セキュアベース・リーダーシップ」では、リーダーがセキュアベース(安全基地)となって安心を提供することで、初めてフォロワーと心の絆が生まれ、フォロワーは果敢にリスクを取って挑戦できるようになる、という。日本は、元来人を大事にし従業員を家族のように扱い、信頼関係に裏打ちされた組織運営をすることで個人の自発的な挑戦を生んできたのではないか。まさにそこに日本的経営の根幹があるのではないか。一方で、同じ空間を常に共有して働くことに慣れすぎて、あまりに内向きで同質性の高い組織となるきらいが強すぎた。テレワークは、そうした日本型経営の課題を顕在化させ、企業の社会的価値の発露に、個人の主体性と創意工夫が発揮されるマネジメントスタイルへの変革のための環境作りにも貢献するだろう。
テレワークをきっかけにして、ぜひマネジメントの在り方を見直し、真の働き方改革を目指してほしいと思う。日本の経営の在り方が改めて問われている。
※「セキュアベース・リーダーシップ」 ジョージ・コーリーザー他著 日本語訳2018年刊