人事・総務コラム

職業生活ウェルビーイングのヒント②
~管理職と若年層の課題~

コラム執筆者:井上 亮太郎氏掲載日:2023年5月9日

職業生活ウェルビーイングのヒント② ~管理職と若年層の課題~

ビジネス場面でも語られるようになった「幸せ」や「幸福」

ビジネス場面で「幸せ」や「幸福」という日本語がこれほど見聞きするようになったのはいつ頃からでしょうか。世界の経済的発展を振興するOECD(経済協力開発機構)が「より良い暮らしイニシアチブ( OECD Better Life Initiative )」において、経済的豊かさとともに生活の質(Quality of Life)の向上を図るべきと提言したのが2011年。その際に掲げられたのが「ウェルビーイング(Well-being)」という包摂的な概念であり、日本語では「幸せ」と訳されました。しかし、当時の日本においてはビジネス場面で「幸せだなぁ」とはどこか気恥ずかしく、せいぜい同僚と仕事終わりのビールを喉に流し込みながら咆哮するくらいだったかもしれません。(あくまでも著者の感想ですが…)
その後、2016年からの「SDGs」がグローバルに注目され、日本では2019年に「働き方改革」が産業界にインパクトを与えました。このあたりからWell-beingという言葉が少しずつビジネス文書などでも用いられるようになり、2020年からの新型コロナウイルスのパンデミックを経てさらに関心が高まったようです。更に、2021年には政府の成長戦略の柱であるデジタル田園都市国家構想の最上位指標として「Well-being(幸せ)」が掲げられ、2022年にはWell-being経営を推進するため日本版Well-beingイニシアチブが設立されています。このようにグローバルの潮流を受けつつ、日本でも職業生活において「Well-being」あるいは「幸せ」という用語が浸透し今日に至っています。しかし、なぜWell-beingや幸せという概念がこれほど急速に普及しているのかは、立ち止まって考えておく必要があります。これは、裏返せば現状がWell-being(幸せ)でないという事です。戦争・分断・貧困…、一定の経済的豊かさを享受する先進国でも心の豊かさについてはWell-beingとは言えない現状ゆえに、Well-beingであることの価値が高まり関心が向けられるというパラドックスでもあるのです。

日本の職業生活はWell-beingなのか(日本の組織マネジメントの新たな視点)

では、ここからは日本の職業生活Well-beingの実態についてご紹介していきます。先稿1で述べたように、就業者が働くことを通じてWell-being(主観的幸福感が高い状態)であると「ワーク・エンゲイジメント(仕事への熱意・集中・没頭状態)」が高まりパフォーマンス行動を促進するなど、組織にとっても好ましいアウトプットが期待できるため重要な指標となっています。 最初に紹介するデータは、就業者が働くことを通じてどれほど幸せ/不幸せを感じているかを18の国と地域で調査2した結果です。

仕事における幸せ/不幸せ実感スコアの国・地域別比較

図1.:仕事における幸せ/不幸せ実感スコアの国・地域別比較

図1.を見ると、日本は働くことを通じて幸せだと感じている人が少ないことが分かります。しかし、幸福感は低いものの、かといって不幸だと感じている就業者も少ないことも見て取れます。
次に、このデータを日本の年代別に見たのが図2.です。日本では、20代~40代の幸福感が低く、不幸感が高い傾向が確認できます。つまり、日本の幸福度の低さは、若年層からミドル層が押し下げているのです。

仕事における幸せ/不幸せ実感スコア・日本・年代別

図2.:仕事における幸せ/不幸せ実感スコア・日本・年代別

では、この背景にはどのようなことが影響しているのでしょうか。次のデータは、米国の調査会社・ギャップ社と共同した国際調査3の結果です。当該調査では、160の国と地域において職業生活Well-beingに関する次の3つの質問を聴収しています。Q1【体験】:あなたは、日々の仕事に、喜びや楽しみを感じていますか。Q2【評価】:自分の仕事は、人々の生活をより良くすることにつながっていると思いますか。Q3【自己決定】:自分の仕事や働き方は、多くの選択肢の中から、あなたが選べる状態ですか。(詳細考察は別コラム参照4
この結果、日本はQ1【体験】のスコアが低く、調査国の中でも仕事において喜びや楽しみを得ている人が少ない傾向が確認されました。(図3)また、この傾向は20代~30代の被雇用者(いわゆる企業などの正社員)において顕著でした。(図4)先述した16の国と地域における調査結果と同じ傾向を示しています。

はたらいて笑おう指標の前年比較

図3.:はたらいて笑おう指標の前年比較

2022年日本・年代別比較

図4.:2022年日本・年代別比較

これらの結果が示すように、日本の就業者は、仕事を通じて社会に貢献している感覚は持ちつつも自分自身が働くことを楽しめているかと問われると“Yes”と回答される方が顕著に少ないのです。働くことに対して愚直で生真面目な印象も受けますが、一方で、滅私奉公的な受け身な姿勢も彷彿とさせる結果ではないでしょうか。将来を担う若年層が仕事を通じて喜びや楽しみを得難いのだとすると、仕事に対する意欲や活力を減退させることにもつながるため由々しい問題だと考えます。
先行研究では、個人の職業生活Well-beingには主体的な態度が強く影響することが分かっていますので、仕事において自分なりの楽しみや喜びを見出そうとする姿勢の大切さに個々人が気づき、行動を変えていく必要があります。また、企業各社においては、「就業者一人ひとりが、仕事をもっと面白いと思えるようにするにはどうすればよいか」という問いと向き合うことも必要だと考えます。

管理職層が注意すべき“不幸感”

さて、先述した18か国・地域の調査に話を戻します。当該調査では、さほど不幸度が高くない日本の就業者は、職業生活での不幸度が増すことによるワーク・エンゲイジメントや創造性の低下が他国と比較して顕著に確認されました。すなわち、日本においては幸福度とともに「不幸を感じていない事」が組織にとって好ましい行動を下支えしていると考えることができるのです。
そして、この「不幸を感じていない事」がより重要となるのは、実は一般社員よりも管理職層です。企業6社の協力を得て、管理職(138名)と一般社員(728名)を半年ほど追跡した縦断研究では、一般社員層は幸福度が高まることで挑戦的行動やワーク・エンゲイジメントが向上することを確認しました。しかし、管理職層については、ワーク・エンゲイジメントが高まると(ワーカホリックともなりかねず)その影響から不幸度を高める可能性が示唆されました。さらには、管理職層が不幸せを感じている事で自身の「挑戦的行動」を低下させることが確認されたのです。
ここでもう一つ大事な観点を紹介します。英国の医療系研究の知見として「幸せは社会ネットワークにおいて伝染する」(Fowler et al., 2008)という報告※5があります。これは、幸福感の高い人の1マイル以内に居住する他者は、幸せになる確率が25%向上するという研究です。著者らもこれと同様の効果が「職場」で確認できるのか検証を行いました。
結果は…“YES”。職場内において、個人の幸福感が高まることで、半年後の職場メンバーの幸福感(平均値)を高めることが確認できました。また、職場の幸福感が高まることで、個々人の幸福感を高めることも確認できました。ただし、不幸せも同様に(「幸せ」よりも若干強く)個人と職場メンバーの間で伝播しあっている事が確認されました。(図5)
ここで考えてみてください。職場における管理職層(とりわけ直属の上司)は、一般的にメンバーに対する強い影響力を保持している存在です。この管理職層にある方の不幸度が高まることで挑戦的行動が抑制されるなどしたら、どのような振る舞いがなされるでしょうか。この影響は一般社員層の感情の伝播力よりも強力に作用することは推して知れるでしょう。

職場内での幸せ/不幸せ実感の相互伝播

図5.:職場内での幸せ/不幸せ実感の相互伝播

管理職層と個人の姿勢へのヒント

これらの点から、管理職層の方々についてはご自身の「幸せ」はもちろん「不幸せ」に陥ってはいないかという点にも注意を払う必要があります。著者を含めミドルシニア層は、定期的な健康診断などで身体的な不調について気にかける方も少なくないと思いますが、Well-beingもまったく同じです。周りの方のWell-beingのためにもご自身のIll-being(不幸な状態)を高めないという点を忘れず、ご自身の職業生活習慣を振り返ってみてください。
また、若年層やミドル層の方々には、仕事をもっと楽しむ姿勢が求められます。個々人を取り巻く環境は様々ですので、個人の努力ではいかんともしがたい場合もあるかもしれません。そんな時は転職なども一案です。ただし、人は意味づけの世界に生きていますから、職業生活Well-beingとはご自身の価値観や振る舞いに依拠する側面が大きいと言えます。世の中には絶対的に「面白い仕事」があると考えるよりも、その仕事をご自身が「楽しめる人」であることを大切にしていただければと思います。
本稿に目を留めて頂きましたみなさん一人ひとりがWell-being(幸せ)でありますように。

執筆者プロフィール

井上 亮太郎

井上 亮太郎氏

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師

大手総合建材メーカー(現LIXIL株式会社)にて営業、マーケティング、PMI(業務・意識統合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年よりパーソル総合研究所にて調査・研究に従事。2020年より慶應義塾大学大学院特任講師。人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究、教育、事業支援を行っている。

修士(SDM)、PMI(PMP)、日本経営工学会員、日本感性工学会員、産業組織心理学会員、日本感情心理学会員、その他、不動産管理会社代表取締役、一般社団法人にて副代表・アドバイザリー等を兼任。

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