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人事コラム 戦略人財コンサルタント 鬼本 昌樹氏・第15回 データードリブン人事 第3回目: データードリブン人事を目指すために コラム執筆者:戦略人財コンサルタント 鬼本 昌樹氏  掲載日:2021年3月9日

1回目は、公平な制度とは何か、その公平さが感じられない原因や課題を考えてみました。
2回目は、公平さを実現するためには、ファクト(事実)とサイエンスによるエビデンスと、人のバイアスへの対応策の検討と、戦略人事の役割にデータードリブン人事が必要であることを紹介しました。
最終回では、実際にデータードリブン人事を実現するためには何をする必要があるのかを考えていきます。

その前に、人事が戦略的パートナーになるために、または、人事の機能の高度化を目指すために、今や多くの企業は、人材マネジメントにタレントマネジメントを取り入れ始めています。日本市場には、大小合わせて約30ものタレントマネジメント・システムがあります。そのなかでも、データードリブン人事の機能を装着した戦略的ツールと呼ばれるのは、全体の2割程度しかありません。

元々は米国から生まれた仕組みですが、タレントマネジメントがいきなり生まれたわけではありません。人材の多様化、労働者の不足、人材の争奪戦という環境から、マッチ率の高い採用、適材適所の配置、評価の正当性、最適な人材開発(教育研修)の課題解決が深刻だったからです。既存の人事管理システムなどでは対応できないこともあり、新たなシステムへと進化したわけです。そのため、既存の人事管理システムとタレントマネジメント・システムとは、使用する用途も機能も違います。人材の特性・適性診断の結果やコンピテンシー分析、価値観診断などのデータ、360度フィードバック、人事評価結果などのデータを使い、個人個人に対応した問題解決をしています。

しかし、日本企業の導入事例を見ていると、安易とは言いませんが、戦略的に導入している事例は少ないと感じています。
その原因や課題について見てみます。

データードリブン人事を目指すために

タレントマネジメント・システムの課題

タレントマネジメント・システムの機能の範囲について、明確な定義はありません。システム開発をしたベンダーが自由に設定しています。よく使う機能だけに絞り込んだシステムもあれば、フル装備のシステムもあります。選定するには、相当悩むだろうと思われます。使用する人事のユーザーにとって、なるべく導入しやすいハードルの低いシステムを選定するのは仕方がありません。当然、データードリブン人事機能を持っていない、または一部の分析機能しかないので価格も低めです。この手のシステムの売り文句は、“従業員の顔と名前”の一致です。人事異動の判断や人事評価の判断、昇格・昇進の判断で、特に、経営陣・役員にとってはありがたい機能です。大きな組織ほど、役員は一般社員のことは知りません。でも、顔を見ればその人のことを思い出すこともあるので、役員にとっては非常に有効的と評価され売れました。

システムは、使う人の目的や使用方法次第で活用方法が変わります。例えば、ブランドのある2,500人を超える社員がいる大手企業の人事委員会での事例です。参加者は、全役員、人事責任者と人事の操作担当者の14人。議題は、人事評価の最終評価です。役員は一般社員の名前と評価シートだけでは、評価判断はできませんが、写真付きの資料になった途端、課長や部長の評価判断に物申すようになりました。これまで一般社員の評価は、課長や部長の判断で終了していました。役員の評価対象は、課長や部長でした。タレントマネジメント・システムを導入して、顔写真付きでの議論になると、役員たちも一般社員も含めた評価をするようになったのですが、実は、多くの問題を生むことになったのです。この事例は意外にも少なくありません。

役員も社員との接点はあります。その接点は、面ではなく、点の場合も多くあります。その点でのある印象が議論され、現場の評価を覆すこともあります。例えば「この人の評価はおかしい。挨拶もよくできているし、受け答えもハキハキしているし、誠実さを感じたがね。上司は何を見ているのかねぇ」など役員のバイアスによる評価者への不信感です。この場合、人事も反論できないケースもあるようです。もっとすごい人もいました。ある役員は、特殊な能力をお持ちで、人相判定ができるそうです。まったく知らない社員の顔写真を見て、人相や顔の形で性格判断するのですが、本人は大まじめで人相の統計分析の賜物であると言っています。
データードリブン人事の機能がないと、このような新たな課題が発生しています。

データードリブン人事を目指すロードマップとは何か

タレントマネジメント・システムにデータードリブン人事の機能があるからといって、自動で人事データを生成し、自動で分析してくれることはありません。機能があっても、その使用の目的と使い方を定義し設定し、操作しなければなりません。

欧米の優良企業の事例を通して、実現するためのロードマップと課題を発見し、その打ち手を見ていきましょう。データードリブン人事は、高度な統計学やITなどの専門技術で構成されていますが、ここでは専門技術的導入のロードマップではなく、人事ビジネスの視点で考えていきます。

第1歩:まず、whyを明確にします。
データードリブン人事を導入する理由、意義、価値は何か。または、人事データを科学的に分析するのはなぜなのか、を明確にし文章化します。
例えば、ある企業での「人事関連のデータに基づいて、人事評価、適材適所の配置、昇格・昇進の判断など誰もが公平に納得できる仕組みを作る。全従業員が自分の強み、特性を活かし、顧客への貢献を心から喜べる強くてしなやかな企業となる」
ここでは、目的意識を明確にしておきます。これは、この後の計画や実施に影響を与えます。
登山で例えると、「なぜ、登山をするのか」「なぜ、この山なのか」となります。

第2歩:つぎに、whereを明確にします。
目指す着地点・ゴールを決めます。その着地点から見える新しい人事とは何かを描きます。
例えば、ある企業での「デジタル技術の進化やビッグデータの発展に伴い、膨大で多様な人事データを可視化し、ファクトとサイエンスの重視、長期的な経済成長を実現するチームの一員として、戦略人事として、経営陣や管理職の戦略的パートナーになる。従業員へも個別の対応が丁寧にできるパートナーになる」
ここでは、データードリブン人事を生かした人事のビジョンづくりとなります。人事の新しい目標となるので、具体的で視覚的に想像できる内容に仕上げることを意識します。抽象度が高いと方向は分かっても、どこまで行ったらいいのか迷子になります。
登山で例えると、「山頂を目指すのか」「どこを目指すのか」となります。

第3歩:howを立案する。
whereに対して、どのような方法で実現させるのかを決めます。前述の例でいうと、どうやって戦略的パートになるか、どうやって従業員のパートナーとなるのかを決めます。
本人事・総務コラム「DX時代における人事の働き方はどのように変わるのか」にhowにあたる説明をしていますので参考にしてください。
例えば、ある企業での「人材マネジメントをより効果的に、より効率的に正しく判断するために、全天候型人事情報・人事分析をタイムリーに提供する(全天候型とは、人材の良い情報も悪い情報も、怪しい情報にも対応することを意味しています)。中長期的視野にたって、経営ビジョンや経営戦略を実現する人材を定義し、採用、評価、育成、処遇に、一貫性のある仕組みを形成する」

ここでは、ゴールに向かうための行き方を設定します。
登山で例えると、「山頂までのルートは、どれを選ぶのか」となります。

第4歩:whatを計画する。
howの具体的な実行計画を決めます。
本人事・総務コラム「人事に期待される役割とは」の“役割のパラダイムシフトを起こすために”も参考にしてください。さらに、人事が役割を高度化しても、人事の要員は増えるとは限りません。そのため、現在の人事機能を棚卸し、残す機能と手放す機能を真剣に検討することをお勧めします。

例えば、ある企業では、新卒採用、中途採用の書類選考と1次面接までを手放す機能としてアウトソースしました。それまで費やしていた時間と人員は、採用面接のスキルを上げ、コンピテンシー面接ができるようになりました。また、ある企業で手放した機能として、労務管理と給与計算、退職計算、福利厚生、健康診断、社内研修のアウトソース化でした。人事の全員が、統計学入門レベルの分析ができように目指しています。
登山で例えると、細かな準備から始まり、持っていくもののリスト、持っていかないもの、登山の日程・スケジュール、服装、緊急時の対応など、登山に必要な装備だけでなく、登山開始から到着するまでの時間管理、休憩のタイミングなどの実行計画を作成します。

さて、現在の人事機能の棚卸しで、残す機能と手放す機能が決まれば、つぎに、追加する機能を検討します。追加する機能とは、データードリブン人事機能です。

第5歩:データードリブン人事のwhatを計画する。

  1. ① 人事の責任者、人事部長やCHO(人事担当執行役員)は、まず、データードリブン人事についての勉強をします。機能の特徴、機能を支える要員に必要な能力、知識、経験などを知っておきます。統計学を専攻した者、データサイエンスを専攻した者などを人事に迎い入れるための条件も検討します。
  2. ② 人事の責任者として、自社における人事データの活用を具現化しておきます。どのような分析を、それをどの場面で使用するのか具体的に想像しておきます。月次や年次などの定期的な分析と、不定期的なものを検討しておきます。
  3. ③ 担当者の採用、人選をします。
  4. ④ 採用した人材と共に、タレントマネジメント・システムの機能選定、ベンダー選定を行います。
  5. ⑤ 投資効果を計画します。

人事とは無縁とも思えたデジタル技術やそれを支える人材の採用など、他人事ではなくなりました。初期のデジタル技術では、人材の定量分析に限定して使用されていたものが、近年のAI(人工知能)進化により、人材の定性分析まで実現可能になりました。今までの人事の担当者が、高度な統計学や確率・行列の数式を使って回帰分析をすることはないでしょう。あのグーグルやマイクロソフト、ネットフリックスなどの優良企業でも、人事にデーターサイエンティストや統計学者を人事の要員として採用しています。

人事は、これらの対応を、もはや先延ばしすることはできません。
米国のコトラー経営博士は、「デジタル化するか、さもなくば死か」というメッセージを2015年に日本人に対して残しています。データードリブン人事機能を検討して欲しいと思います。

データードリブン人事とデジタル技術の進化、さらに、タレントマネジメント、そして、人事の戦略的パートナーへの変革は、すべて強い関連性があったのです。どれか1つができたら完成ではありません。ただ、目指すは“人事の戦略的パートナー”になる役割です。

最終の第3回のコラムをお読みいただきましてありがとうございます。

執筆者プロフィール

鬼本 昌樹

鬼本 昌樹戦略人財コンサルタント 代表

京都大学理学部、カルフォルニア州立大学ロングビーチ校理学部卒。
日本オラクル、GEキャピタル、米国ニューバランスにて、人事部長、経営企画部長、人事役員、取締役副社長を経験。強い企業を作る人材の活性化、人事部の役割の高度化で貢献する。
現在、人材活性マネジメント、労働生産性、人事部の戦略的役割への変革支援を経営人事コンサルタントとしておこなっている。
タレントマネジメントは10年以上の実績を持つ。
中小企業診断士、社会保険労務士、ファシリテーター(米国資格)、行動心理学(米国資格)