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専門家コラム
《連載》製造業DXの起点
~デロイト デジタル提言2022~
- 【執筆者】デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
- シニアマネージャー 荒谷 裕介氏
【第6回】AI/データ活用により製造業の「今」を最適化する経営基盤
UPDATE : 2022.05.06
2020年に始まったコロナ禍において、製造業を取り巻く環境はかつてないほどの速さで変化しており、また、今後どう変化するかが不透明という状態が今も続いています。このような不確実性を高めているのは、新型コロナウイルスだけではありません。温暖化にともなう自然災害により、予期せぬサプライチェーンの断絶は今後増加していく可能性があります。ウクライナ情勢についても、その発生を予測する事や発生後に何が起こるかを予測する事も容易ではなかったでしょう。
コロナ禍が終焉を迎えた際に、現在ほどの状況でないとしても、常に不確実性の中で経営のかじ取りを行っていく世界が続いていく事を想定しておくべきです。そのためには、バリューチェーン上で起きている出来事をデータとAIを駆使しリアルタイムでとらえ、タイムリーなアクションを取るための経営基盤を整えることが肝要です。
連載第6回では、デロイトトーマツコンサルティングのデジタル領域専門サービス「デロイト デジタル」のスペシャリストが、AI/データ活用により製造業の「今」を最適化する経営基盤について考察します。
INDEX
- オルタナティブデータとナウキャスティング
- アナリティクス3.0の時代とは
- 躍進するオルタナティブデータ市場
- ナウキャスティングにより、今の最適化を
- 製造業におけるナウキャスティング
- 事例①:消費者ニーズの変化を検知する
- 事例②:物流ネットワークを最適化する
- 事例③:生産調整により消費電力を極小化する
- 進化するデータ分析基盤と人材ニーズの変化
- 止まらないAI人材不足
- 救世主となるノーコード分析ツールの登場
- 求められる人材とは
- 不確実性の時代を担うシチズンデータサイエンティスト
- シチズンデータサイエンティストとは
- 適性と関心を持つ人材を育成する
- 不確実性の時代を乗り切る
- まとめ
- そのほかの連載記事(第1回~第6回)
オルタナティブデータとナウキャスティング
アナリティクス3.0の時代とは
「データサイエンティストは21世紀でもっともセクシーな職業である」という有名な台詞を残した、ボブソン大学教授でありデロイトアナリティクスの上級顧問でもあるトーマス ダベンポート氏。彼はアナリティクス3.0という状態を、あらゆる企業がデータとAI活用によりビジネスへの価値創出が進んだ状態、と定義しています。
アナリティクス3.0の下地は日本においても整いつつあり、製造業においても利用可能なデータは年々増加しています。センサー・IoTの進化により、生産設備や現品の状態がリアルタイムで把握可能に。ブロックチェーン技術により、自社の手を離れた輸送中の製品情報が共有できます。また、ID POSのデータを入手する事で自社製品を購入した消費者像が明らかになり、SNSのデータで消費者の感想が分かるようになりました。
躍進するオルタナティブデータ市場
前節でご紹介したデータは通称オルタナティブデータと呼ばれ、近年のテクノロジーの進化により取得可能となった新しいデータの総称です。また、リアルタイムデータであるという特徴があります。オルタナティブデータの具体例や市場の伸びについては、以下の図表をご覧ください。
ナウキャスティングにより、今の最適化を
このデータとAIを活用する事で、「フォーキャスト」から「ナウキャスト」へのシフトが実現可能となります。冒頭にご説明したような不確実性が高い状況においては、将来を予測する「フォーキャスト」は先になればなるほどその予測は難しくなりますが、現状データをもとに「ナウキャスト」を行う事で、現状を最適化する事が出来るようになります。
製造業におけるナウキャスティング
前章でご説明したナウキャスティングに関し、簡単にではありますが、具体的な例をいくつかご紹介します。これらはあくまでも一例であり、リアルタイムデータとナウキャスティングの活用で多くの製造業の課題に対する打ち手が講じられる事が期待されています。
事例①:消費者ニーズの変化を検知する
1回目の緊急事態宣言の前後で、急激に関心が高まった食材をSNSのデータから特定するという試みを実施しました。それらはいずれも、免疫効果が高まるからという理由で注目されているものでしたが、それらの食材が逼迫する可能性を予測する事で、先手を打って供給ルートを確保する事が出来ます。
事例②:物流ネットワークを最適化する
コロナ禍以降、コンテナ不足による国際輸送費の高騰が続いています。以前製造業のお客様と物流ルートのオプション、物流拠点の情報、物流に関係する各種コストのデータをAIに与え、最もコストを抑える物流ルートや倉庫で保管すべき在庫数を得る事ができました。
事例③:生産調整により消費電力を極小化する
あるクライアントの海外事業所では電気料金が非常に高騰しており、また、その金額が時間ごとに変化していました。直近の電気料金の予測を行い、装置の稼働時間を可能な限り電気料金が安い時間帯に寄せる事で電気代を抑制する、という施策に取り組みました。
進化するデータ分析基盤と人材ニーズの変化
止まらないAI人材不足
前述した分析を行うためにはデータだけではなく、専門のツールを用いてそれを分析する「AI人材」が必要となりますが、その人材がいないという悩みをお持ちの企業も多いかと思います。
上記の図表で示される通り経産省の試算によると、現在もAI人材は不足しており、また、その傾向は今後も続くと予想されています。一見悲観的な状況に見えますが、一方でこの状況の救世主となりうるような分析ツールが登場してきています。
救世主となるノーコード分析ツールの登場
近年、ノーコードと呼ばれるプログラミング不要でデータの準備から分析までを画面操作で行える分析ツールが多く登場してきているのをご存じでしょうか。データを繋ぎ、やりたいことを指定し、ボタンを押すと最も適切なアルゴリズムを採用し、結果を出してくれます。また、良い分析結果が得られた場合は構築したAIモデルをほかのシステムですぐに利用できる状態にする(API化)、という事まで行ってくれます。この自動的に最適なアルゴリズムを選定する機能を一般に「AutoML」、データ準備からAIモデルの作成、リリースまでを一元的に行える環境を「MLOps」と呼び、非常に多くのツールが登場しています。
求められる人材とは
こういったプログラミング要らずのツールが登場したことにより、今後AI人材像も変化していくと筆者は考えています。現在は、専門的な技術を習得し実践経験を積んだAI人材が求められる傾向にありますが、今後はむしろ、ビジネス経験を豊富に積んだ人材がプログラミング要らずの分析ツールを使いこなし分析する方が、現実的かつ実践的であると考えています。こういった人材を「シチズンデータサイエンティスト」と呼びます。
不確実性の時代を担うシチズンデータサイエンティスト
シチズンデータサイエンティストとは
シチズンデータサイエンティストはGartner社が命名した用語であり、高度な専門知識や経験を持たなくてもデータ分析を行える人材を指しています。データサイエンティストが不足する中の代替手段という文脈で紹介される事も多いですが、筆者はむしろ、シチズンデータサイエンティストこそが分析の主役となるべきと考えています。
適性と関心を持つ人材を育成する
ハードルが高そうとお感じになるかもしれませんが、基礎的な分析手法の理解や操作方法の習得自体は、実はそれほど難しいものではありません。過去、データ分析の経験を持たない文系出身のメンバーに将来予測の手法をゼロから学んでもらい、プロジェクトで実践するという事が数回ありました。いずれのケースも習得まで1か月かからなかったという経験があります。
また、デロイト トーマツ グループでは、データ・デジタルの知見を活かして新たな価値を提供する力と、ビジネスの知見を活かして新たな価値を創造する力を赤色と青色にたとえ、その両者を兼ね備える人材を「パープル人材」と呼び、今後の人材モデルとして位置付けています。
もちろん、得意・不得意には個人差があり、その分野への興味・関心の強さも習得に影響するでしょう。また、実現するためには活動趣旨を理解・奨励するリーダーのもと、育成のためのプログラムを作り、データ分析環境を準備するなどいくつかのハードルはありますが、超えられないほどの高いものではないと考えます。
不確実性の時代を乗り切る
そして、そのハードルを超えられたなら、ビジネスとデータ分析の双方を理解した社員が問題提起から、分析、アクションまでを短期間で実現することができるようになる、という状態に至ります。また、そうなった際には、ビジネスパーソンとデータサイエンティストが協力して分析を行うよりもはるかに速いスピードで、分析から示唆にたどり着く事ができるようになります。これこそが不確実性の時代を乗り切るために、企業に求められる人材像であると考えています。
まとめ
新型コロナウイルスは、ビジネス環境にいくつもの不可逆的な変化をもたらしてきました。本稿で触れたデータとAIの活用のアプローチも、今後起こる変化の一つとなる可能性を秘めています。
多くのデータ分析ニーズがあり、利用可能なデータがあり、進化した分析基盤があり、インターネットには事例があふれ、オンラインでの教育講座も充実してきている現在の状況は、各社においてデータ分析に基づき経営のかじ取りを行うための武器を備える機会であるとも考えられます。
これからも変わり続けていくビジネスの最前線をデータで捉え、正しい意思決定を進めていくための経営基盤づくりに取り組まれてはいかがでしょうか。
■執筆者プロフィール
荒谷 裕介(あらたに ゆうすけ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネージャー
米国系コンサルティング会社を経て現職。データ駆動型マーケティングのチームをリードし、製造業を中心とした様々な業界で、高度なデータ解析技術によるデータの利活用プロジェクトを推進。