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専門家コラム
《連載》製造業DXの起点
~デロイト デジタル提言2022~
- 【執筆者】デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
- シニアマネージャー 神津 崇氏 / シニアコンサルタント 今村 達也氏
【第5回】製造業におけるDirect to Consumer (D2C)の潮流

UPDATE : 2022.04.01
昨今のデジタル化の潮流やCOVID-19によるNew Normalの世界に変わり、消費者の買うモノ・買いカタが今まで以上に大きく変化していると共に、企業側もその顧客の変化に追従するように急速に変革が進んでいる。その顧客の変化に対応する1つの手段がDirect to Consumer(D2C)の構築であろう。製造業企業がD2Cを構築することで、今まで取得できなかった最終顧客のデータを入手することができ、そのデータを基に企業の生産から販売までバリューチェーン全体を変革することが可能となる。
連載第5回では、デロイトトーマツコンサルティングのデジタル領域専門サービス「デロイト デジタル」のスペシャリストが、製造業におけるDirect to Consumer (D2C)の潮流と、変革に向けたポイントについて考察する。
INDEX
- デジタル化による消費者の変化
- 情報の量と質(価値)の変化
- 消費者の買うモノ・買いカタの変化
- 消費者の変化に対応していくための重要要素
- デジタル化による企業の変化
- 直接販売・直接コミュニケーション
- D2Cをきっかけとした顧客データ活用の重要性
- D2Cの実現手段と顧客データ活用
- 日本の潮流
- グローバル最先端の潮流
- 購買強化型と体験強化型
- 体験強化型のアプローチ
- 「Think Big」→「Start Small」→「Scale Fast」
- 「Think Big」:購買プロセスから生活シーンの設計へ
- 「Start Small」:アジャイル型による早期効果創出
- 「Scale Fast」:標準化による迅速な拡大
- まとめ
- そのほかの連載記事(第1回~第6回)
デジタル化による消費者の変化
情報の量と質(価値)の変化
企業側が情報発信の主体であり情報強者が企業であった時代は終わり、インターネットの普及により企業と消費者の情報の格差がなくなった。更にSNS等の拡大により消費者側からの情報発信があふれ、消費者の購買の際の情報摂取に質的な変化が生まれている。例えば現代の消費者は、衣服や家電等のモノを買う時や、ホテルやレストランを予約する際に、レビューサイトで評価・口コミを確認するのが一般的な購買検討プロセスと言えるだろう。
これはただ単に消費者発信の情報が増えただけでなく、より重要視する情報(=価値ある情報)が企業側の発信情報から消費者自身の情報へ変化しており、企業が発信する情報の影響力が相対的に弱くなってきたことを表している。
消費者の買うモノ・買いカタの変化
この情報の量と質の変化は消費者の購買行動にどのような影響をもたらすだろうか。企業が情報強者だった時代は、消費者は企業の発信する情報に影響を受け、大衆的なモノへの消費が大半を占めていただろう。
しかし、情報の量と質が変化し、自分の趣味嗜好にあった消費者の情報を容易に取得できるようになったことで、消費者の購入するモノの幅が広がり、いわゆるロングテール型の消費傾向に変化していると考えられる。
また、COVID-19の影響により、外出を伴う消費が大幅に減少し、かねてより進んでいたEC化がより顕著に進みだしていることも想像に難くない。
消費者の変化に対応していくための重要要素
消費者の買うモノ、買いカタが大きく変化していく中で、企業がその変化に対応していくためにはどこが重要なポイントになるだろうか。先ほどからの繰り返しとなるが、企業が情報強者だった時代は限られた広告枠・時間の中で消費者にインパクトを与える「モノの機能」の発信が重要要素であったと考える。
しかしながら、消費者側が情報発信の主体になった際に発信される内容は「モノの機能」に関してはごくわずかであり、消費者は購買に至る経緯や実際にモノを使った「体験」を発信することがほとんどではないだろうか。つまり、消費者が買うまでに重要視することは「モノの機能」ではなく「体験」であり、その体験を向上させることこそが競争力向上の重要な要素になると考えられる。
デジタル化による企業の変化
一方、デジタル化により変化しているのは消費者だけではない。消費者の購買行動の変化に対して、企業も同様にデジタルを駆使し、打ち手を講じている。
直接販売・直接コミュニケーション
前述の通り、消費者の変化に対応していく重要要素は「モノの機能」ではなく「体験」の向上と考えられる。企業側の情報発信においては、従来の用意されている広告枠に対してインパクトを与える機能・お得情報の発信から、SNS等を通じて広告枠にとらわれない共感を重視した顧客との直接コミュニケーションを拡大し、消費者からの情報発信を促す取り組みを実施している企業が増えてきている。
また、買いカタの変化に対応するためにECモールへの参画や顧客と直接接点をもつためにD2C(Direct to Consumer)チャネルを構築し、消費者の購買手段の多様化に合わせた販売チャネルの強化も急速に進んでいる。
このように、顧客との接点を強化していくことで、今まで製造業企業側と消費者の間に存在していた2つの壁、1つは販売チャネル、もう1つは広告プロモーションの壁がなくなった。その結果、製造業企業側にとって入手することが困難であった顧客データを入手することができるようになった。
D2Cをきっかけとした顧客データ活用の重要性
マスに対して商品・サービスに対する機能を発信することで販売を確保できていた時代では顧客データがないことが大きな課題とならなかった。しかしながら、買うモノがロングテール化し、消費者の変化への対応に重要な「体験」の質を高めるためには、顧客のことをよく知ることが非常に重要な要素となる。
つまり、顧客データを取得し、それを有効活用することが企業の競争の源泉力になると想定され、そのためにD2Cは不可欠となってきている。


D2Cの実現手段と顧客データ活用
日本の潮流
従来はVoC(Voice of Customer:お客様の声)として、主にアンケートやコールセンター等からの顧客の直接の声を把握し、商品やサービスの改善・開発に活用していたのが一般的であった。しかし、D2CによりECを中心としたWeb上の顧客の購買・行動データを取得することが可能になり、購買データを中心としたRFM分析に基づく顧客へのアプローチ、さらには顧客行動データによる行動シナリオに基づいた顧客アプローチを実施することで、コンバージョンの最大化を狙う先進企業が昨今増えてきている。
グローバル最先端の潮流
一方、デジタル化の最先端を進んでいる中国を中心に、成長している製造業企業のD2Cの実現手段や顧客データの活用方法を見ると、EC顧客行動データを用い適切なタイミングでアプローチする手法だけに留まらない。デジタル化の最先端を勝ち進む企業においては、提供する価値を購買プロセスに留まらず、顧客の生活体験を向上させるために購買に関わらない顧客接点(広義のD2C)まで広げ、日々の生活に関わるデータも取得・活用している。
これは、日々のユーザーの生活体験の一部に購買プロセスが紛れていると捉え、自社プロダクトやサービスに関連する生活全般の体験を向上させることで、結果的に自社品の購買に繋がっていくことを狙っている。
購買強化型と体験強化型
我々は前者のECを中心とした購買のコンバージョンの最大化を狙う方法を「購買強化型」、後者の生活体験を向上させる方法を「体験強化型」と呼んでいる。現時点では購買以外の広義のD2Cチャネルを構築し、データを活用する方法が見出せていない製造業企業も多いことから、コンバージョンの最大化を狙う「購買強化型」でも、成果はある程度出ることは想定される。
しかしながら、今後も更に進むであろうデジタル化の中で起こる消費者の行動変化に対して、企業としてプロアクティブに対応していくためには、顧客の購買に閉じず、生活サイクルで顧客との接点をもち、データを取得・活用していくことが必要な要件となる。また、購買をゴールとするのではなく、関連シーンにおける体験強化・向上をゴールとして、D2Cを実現する姿を描いていくことが肝要であろう。


体験強化型のアプローチ
体験強化を狙った顧客接点の設計やデータ活用を一足飛びに実現するのは非常にハードルが高いと想定される。前述の通り、体験強化に向けて現時点ではまず購買をゴールとして、顧客接点及びデータ活用を段階的に実施していくことは決して間違った選択肢ではない。
しかしながら、購買をゴールとしたコンバージョンに注視してしまうと、体験強化に向けた姿とかけ離れてしまい、顧客接点の強化、データ活用の知見・成熟度が高まったとしても目指したい世界観にたどり着けない懸念が発生する。
「Think Big」→「Start Small」→「Scale Fast」
これらの課題を解消する導入ステップとして「Think Big」→「Start Small」→「Scale Fast」という考え方を提唱させて頂きたい。効果を早期に創出するためにコンバージョン最大化に向けた取り組みを行うことは間違った選択肢ではないと考えるが、目指す世界観、つまり「Think Big」がないと違う方向性に進む可能性がある。
また、いきなり体験強化に向けたD2C構築、データ活用と旗を振り、多額投資を行うことは、体験強化の仮説が外れる可能性も否定できず、リスクが非常に高い。そのため、体験強化の目指す世界観をしっかりと描きつつ「Think Big」、目指す世界観につながるフィージビリティ検証をクイックに行い「Start Small」、有用性が確認できた暁には迅速に拡大させること「Scale Fast」が非常に重要であろう。


「Think Big」:購買プロセスから生活シーンの設計へ
「Think Big」を描く上で、購買のコンバージョンの最大化を狙う場合と、生活体験を向上させる場合では、顧客を捉える行動範囲が大きく変わる。購買のコンバージョンの最大化を狙う場合は、購買プロセスを可視化し、そこでの顧客接点やデータ活用を設計する方法が一般的であろう。
しかし、生活体験となると購買プロセスの範囲を超え、1日の動きや日常・非日常の生活行動、ライフステージ別生活行動等、各企業の提供するサービスに応じて、様々な切り口で生活行動を捉える必要がある。
「Start Small」:アジャイル型による早期効果創出
デジタル化による変化は益々スピード感が増しており、時間をかけて設計・開発・テストを行っている間に、「Think Big」の世界観が変化していることは多分にある。そのため、世界観の実現に向けて、仕組みを作りこむのではなく、アジャイル式で顧客の反応を見ながら都度更新することが世界観実現への近道になろうであろう。そして、場合によっては「Think Big」で描いた世界観も「Start Small」のアジャイルでの検証に応じて修正していくことも成功させる重要な要素だと考えている。
また、世界観を検証していく上で必ず実施しなければならないことが、KPIの設計であろう。「Think Big」の世界観と「Start Small」で実現することには、はじめは大きなGapがあり「Start Small」の道筋が「Think Big」にどう繋がるか見えなくなることも想定される。KPIツリーを設計することで、最終的なゴールに対して、何から達成しなければならないのか、何を検証していくのか明確になるだろう。
「Scale Fast」:標準化による迅速な拡大
「Start Small」で結果が出たからといって、拡大してすぐに効果が出るとは限らない。「Start Small」の際は、体制を中心としたリソースを集中させ、限られた範囲で実行しているが、拡大していくことでリソースの密度は薄くならざるを得ない。その中で効果を創出するためには、成功要因を特定し、それを実施できるように業務やルールを誰でも使えるよう標準化して整備していくことが肝要であろう。
まとめ
デジタル化による顧客変化に対応するためには顧客と直接接点を持ち(広義のD2C)、接点から得られるデータから購買体験ではなく、顧客の生活体験の向上を設計することが今後より重要になってくるであろう。その体験強化の実現に向けて、「Think Big」→「Start Small」→「Scale Fast」の進め方でより確実に推進していくことが肝要となる。

■執筆者プロフィール
神津 崇(こうず たかし)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネージャー
大手コンサルティングファームを経て現職。近年はオンライン(ECやコミュニティサイト、エンゲージメント向上に向けたアプリ等)やオフラインのデジタル化(OMO)の企画・設計・実行に関わるDX変革のプロジェクトに従事

■執筆者プロフィール
今村 達也(いまむら たつや)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント
信託銀行を経て現職。自動車・アパレルなど製造業に向けた、構想策定・オペレーション改革等のプロジェクトに従事。