INTERVIEW
ICTで経験と勘を知識化し、
日本の農業を未来へ、世界へ。
営農支援システム開発
SUMMARY
2009年、NECシステムテクノロジー(現NECソリューションイノベータ)は、ICTを活用して農業の担い手不足問題に取り組むプロジェクトを開始。三重大学と連携して、みかん栽培の水やり量コントロールを支援するシステム開発に取り組んだ。2年かけて、「灌水アドバイスシステム」が完成し、農業ICTの可能性が実証された。2012年には、国家プロジェクト「IT融合による新社会システムの開発・実証プロジェクト」がスタートし、様々な機関との共同研究が進む。このプロジェクトは、農業ICT技術をさらに高度化し、海外展開を目指すもので、国家プロジェクトとして大きく発展した。
VIEW MORE
「農業をやってみないか。」「えっ?」
2009年、研究所メンバーが三重のみかん畑へ。
2009年、その話は関西で持ち上がった。様々な社会課題をみつけては、ICTによってその解決を探っていたNECシステムテクノロジー(現NECソリューションイノベータ)のシステムテクノロジーラボラトリ(現イノベーションラボラトリ)が、次のテーマとしたのが農業。高齢化で担い手が不足している状況を、ICTで支えようという動きが始まった。
そのなかで、水をやる量のコントロールが難しいみかん栽培を支援するシステム開発プロジェクトが三重大学と連携して始動することに。研究所の所長から声をかけられた一人が、2年目の研究員、沼野なぎさだった。「農業をやってみないかと言われたときは、驚きました。私にできるのかなと。」
それまで直接的に農業に触れることはなかった沼野だったが、みかんの産地として知られる三重県の熊野市へ足を運び、まずはみかん畑を歩きながら、そもそもみかんがどう栽培されているのか、糖度を高める秘訣は何なのか、どこが難しいのかなどを一から教えてもらった。「水をやらなければ育たないけれど、やりすぎれば甘さが失われる。そのギリギリのバランスを狙う難しさを知りました。フィールドサーバというセンサーで、土壌の水分量などのデータをとったり、実の大きさ、糖度、酸度、硬さなどの基準を聞いて、プログラムに書き込んでいきました。最初はすべてが手探りでした。」一か月に一度は現地を訪れて結果を持ち帰り、システムを検討。2年かけて、みかん栽培のベテランでなくても、最適な水やりを可能にする「灌水アドバイスシステム」が完成。まだ試験的なシステム開発ながら、農業ICTの難しさと可能性を知る、これが重要なプロジェクトとなった。
2012年、国家プロジェクトに採択。
様々な機関との共同研究の旗振り役に。
ちょうどその頃、国も農業支援に力を入れ始めていた。2012年、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が日本の農業を強化する技術開発プロジェクトを募集。沼野たちがみかん生産支援の実績をもとに新たな農業ICTプロジェクトを応募すると、採択が決まる。「スマートリーン農業アーキテクチャの開発と農業生産支援サービス事業の世界展開」という名称の国家プロジェクトがスタート。東京農工大、理化学研究所、農研機構近畿中国四国農業研究センター、三重県、香川県、愛媛県、静岡県、選果機メーカー、農業コンサルティングの会社なども加わった産官学連携のプロジェクトの旗振り役をNECソリューションイノベータが担うこととなった。沼野たちだけでは足りないため、研究所から声をかけ、社内の力のあるプロジェクトマネージャー、システム開発担当者をプロジェクトメンバーに招集。社内メンバーだけでも15名ほどの大きなプロジェクトとなった。
実証実験の場所も三重県、香川県、愛媛県、静岡県へと拡大。扱う情報には果実情報、気象情報、生産者の作業情報なども加えられ、より農業の高度なノウハウをICTシステムに取り入れていくことが目標となり、また、農業支援技術を海外に展開することを想定し、タイへの展開も同時に進められた。わずか2〜3人が三重県のみかん畑で始めたプロジェクトが、ここまで大きな国家プロジェクトとなったことに、沼野は感動していた。「プロジェクトに参画する企業や農業関係者が一堂に会して、キックオフという形でスタートの会議を最初に行いました。うちはこれができます、うちはこれを実用化できます、と各社が提案してくれるものをまとめて一本のストーリーをつくるところは大変でしたがワクワクしました。」
重ねられた選果場での打ち合わせ。
2014年、サービスの実用化へ。
システムの開発リーダーとしてプロジェクトメンバーに加わったのが、NECソリューションイノベータ広島事業所の高木大輔だった。高木もまた、農業やみかん栽培については何もわからないところからのスタート。沼野たちに質問したり、愛媛や香川の産地に自分で足を運んでの開発となった。「農家さんやJAの方に話を聞いては広島に持ち帰って、システム開発チームに伝えていました。現場では果物の選別をする選果場でよく打ち合わせをしていました。学んだのは、農作業のスケジュールや果物の病気や害虫についての知識だけでなく、やっぱり高齢の方が多いことや、モバイル端末を扱う環境もみかん畑の真ん中といった屋外になること。どんなにシステム屋があんなこともこんなこともできると機能を盛り込んでも、入力作業や操作が煩雑なものは使えないことは肌で感じました。つくる側の自己満足ではない、実際に現場で使いたくなるようなものにしていかなければと考えていました。」様々なサービスの実用化が検討されたが、まずは生産者への指導時間が十分にとれていない悩みを持つ、JAや自治体の営農指導員への支援システムから着手することを決定。2014年1月、「果菜栽培向け営農指導支援システム」としての開発に取りかかり、7月には開発完了、10月末にはサービスのリリースを行った。「これまでは別々のエクセルで管理していた園地データ、生育調査データ、出荷評価データなどをクラウドに登録して一元管理できます。園地ごとや生産者ごとの傾向を分析することも可能になります。みかんに限定せず、桃やリンゴといった他の果物の営農指導でも活用できるようにしました。」(高木)
ビッグデータの解析でさらにかぎりなく広がるICT農業。
NECソリューションイノベータとしては初めての農業支援サービスがスタート。しかし、これはまだほんの芽生えに過ぎないと関係者は口を揃える。「まずは、人が判断するための生育情報や環境情報を見える化するところを中心にシステム化し、実際に使っていただいて、農業へのICTの有効性を知っていただくことに主眼をおきました。そのつぎのステップとして、産官学連携のプロジェクトで培った栽培アドバイス機能などを提供していこうと考えています。まだまだ今後の伸びしろは大きいです。」(高木)。「土地や生育についての情報が貯まっていけば、そのデータ分析によって、作物の生育を予測できるようになります。今年はある作物が不作の年だということがわかれば、他の作物に力を注ぐこともできる。今後、データ活用は、農業経営に大きく関わってくるはず。まだまだデータの積み上げは足りませんが、今後、ウェアラブルデバイスなどで様々なデータが一括で簡単にとれるようになっていくと、一気にICT農業が広がっていく可能性はあります。」(沼野)ベテラン農家の経験や勘がICTで形式知となることは、次世代に農業を繋いでいくことにもなる。沼野はすでに農林水産省の補助事業「AIシステム実証事業」を活用して慶應義塾大学SFC研究所が福岡県八女市で実施している農業知識の保存・伝承のプロジェクトにも加わっている。本社には農業事業推進室(現 農林水産事業推進室)という部署も2014年10月に立ち上がり、海外への展開も含めたビジョンの実現に動き出している。「もっと世界を相手に仕事ができるようなエンジニアになりたい」(高木)。「世界に通用する農産物づくりに貢献したい」(沼野)。研究室、オフィスから飛び出したイノベータたち。その視野はますます広がっている。
※本記事の内容は取材当時のものです。
※所属組織は取材当時のものです。