サイト内の現在位置

富美菊酒造株式会社様
インタビュー記事

NEC 清酒もろみ分析クラウドサービス

季節を感じ、自然とともに生きる
至高の品質を追求する
羽根屋イズムの挑戦

美しく壮大な立山連峰を望み、豊かな海の幸に恵まれた富山湾に面した富山県富山市。北陸の酒どころで小規模な酒蔵を営む富美菊酒造様は、すべてのお酒を大吟醸と同じ手間隙で行う丁寧な酒造りを貫いています。手間暇かけることをいとわず、生産性や効率を追わないスタンスは、少量生産ながらも高品質な日本酒を生み、国内外で高い評価を得ています。四季醸造の体制を確立し、ITも活用しながら安定した経営を図る富美菊酒造様に、酒造りのポリシーや酒蔵のあり方についてお話をうかがいました。

富美菊酒造株式会社
代表取締役 兼 杜氏 羽根敬喜 氏
蔵人 営業部長 羽根千鶴子 氏

I 逆境を乗り越える大胆な転換

すべての酒を大吟醸並みの造り方で

現在の蔵元杜氏・羽根敬喜氏が、実家の富美菊酒造様を継いだのは1995年のこと。当時の日本酒業界は生産量・消費量ともに低迷し、斜陽産業と言われるほどでした。
「実家の酒蔵の経営もかなり厳しく、このままでは蔵を閉めるしかない状況でした。杜氏や蔵人たちはちょうど40〜50代になっている頃で、もし会社が倒れたら彼らの引退後の生活にも影響します。父とともにこれまで蔵を支えてくれた人たちが老後の心配をしなくてすむように、なんとか会社を続けていかなければならないと思いました」
そんな状況下で敬喜氏が選択したのが、本物志向の酒造り。生産性や効率を度外視した手間暇かけた丁寧な造り方で、高品質で付加価値の高い日本酒を造ることでした。
「当時は、鑑評会に出す時だけ特別な造り方をしていましたが、普通酒以外の商品はすべて鑑評会用の大吟醸と同じ造り方を取り入れることにしたのです。それぐらいやらなければ生き残れないと考えました」
大吟醸並みの造り方をするということは、洗米から貯蔵までの工程の中で時間や労力を要する部分が大幅に増えることを意味します。原料処理の要である吸水処理は、米を10キログラムずつザルに小分けし、秒刻みで細かく吸水具合を調整する限定吸水に統一。麹造りでは箱麹・蓋麹のみの製麴を24時間態勢で管理し、出来上がった商品を瓶詰めした状態で保管する瓶囲いを行うなど、全工程を大幅に見直しました。
蔵の方針を180度転換する大胆な提案は、当初、杜氏や蔵人たちの反発を招きました。しかし、「本物でなければ認めてもらえない」と考える敬喜氏は、自ら蔵に入って酒造りを行うことで杜氏たちを説得。ベテラン杜氏の仕事を見ながら酒造りの工程を学び、技術を磨いていきました。

杜氏の思いを支える女将さんの存在

その頃の敬喜氏を支えたのが妻の千鶴子さんです。泊まり込みで作業を続ける夫に代わり事務処理やメール対応などの業務を担い、そのかたわら販売促進につなげるためのPR活動も積極的に展開しました。
「夫が、酒造りの方法を大転換させると決断し、自ら杜氏になる決心をした。そして、連日蔵に泊まり込むほど仕事に打ち込んでいる。その姿を近くで見ていたら、もっとできることはないかと考えました。私たちはこんな思いでこういうことをやろうとしているのだと、多くの人に知ってほしいと思ったのです」(千鶴子さん)
千鶴子さんは蔵の作業を手伝いながら、杜氏や蔵人が働く様子を写真に撮りブログやSNSに掲載。ネットを通じて日本酒の魅力を伝え続けました。次第にお客さまへと広がり、現在は「羽根屋の女将さん」として多くの日本酒ファンに知られています。
敬喜氏は、そんな千鶴子さんの存在を「同志」と表現します。
「経営者も杜氏も常に瞬時の判断が求められることが多い仕事です。その責任は自分一人で背負わなければならず、しかも判断が正しかったのかどうかはっきりするのはずっと先のこと。そういう時、毎日の作業を近くで見ていて、考えを聞いてもらったり一緒に振り返ったりできる相手がいることはとても心強かったですね」

II 四季醸造と日本人の感性

夏の仕込み、試行錯誤の1年目

富美菊酒造様では一年を通して日本酒を製造する四季醸造を行っています。きっかけは2011年の春の出来事でした。
「その年の4月、冬に仕込んだ商品の在庫がすべてなくなったのです。ありがたいことではありますが、次のシーズンまで何もやることがない、商品がなければ利益も出ない、楽しみにしてくださっているお客さまにも迷惑がかかる。そんな思いから、夏の時期にもう一度酒造りを始めることにしました」
ところが、いつも通り仕込んだはずなのに、出来上がったのはまったく違う酒質の酒でした。羽根屋の個性であるふくよかさや風味が醸されていないのです。なぜなのか? 何が違うのか? 敬喜氏は夏から秋にかけて何度も試行錯誤を重ね、必死に改良点を考え続けました。
「答えが見つからないまま次の冬を迎え、冬になるとまたいつも通りの酒ができるようになる。そこで気づいたのが季節に合わせた造り方です。冬と夏とでは気温、水温、湿度など酒蔵を取り巻く環境が大きく異なります。特に夏の麹造りは温度と湿度の管理が決め手になりました」
一般的に麹造りは2〜3日を要します。最初の1日半ほどは麹の表面を乾かさないように維持し、残りの期間で表面を乾燥させて一気に菌糸を米の奥まで浸透させます。冬季であれば室温を上げると湿度は下がるのですが、夏は湿度を下げるためさらに細かい調整が必要でした。1年目の試行錯誤の末にようやくたどり着いた、季節ごとに微秒な管理を行う酒造り。そこに到達した富美菊酒造様は、翌年から本格的に四季醸造に取り組むことができました。

季節を感じる日本人の感性

四季醸造を始めてから、敬喜氏は季節の移り変わりをより強く意識するようになったといいます。
「ある日、蔵に差し込む日差しの角度が違うことに気づきました。一年中蔵にこもっているので、外の景色を見ることはほとんどないのですが、陽光の強さや日没の時間が少しずつ変わり、冬の間は見ることがなかった虫が飛び始めたりします。季節は日々動いている。四つどころではないもっと細かな移ろいがあり、二十四節気という区分が生まれた。それは日本人が昔から持っている感性であり、酒造りに欠かせない感覚だと思いました」
虫が季節を感じるように、酵母や麹菌のような微生物もまた季節を感じながら活動しています。目に見えない小さな生き物が日本酒の味わいを左右することに、千鶴子さんは自然が持つ力の偉大さを感じています。
「日本酒は作り手の心を移し出すと言いますが、実際、微生物が周囲の環境や対峙する人間のことを感じ取っているとしか思えないようなことが起きるのです。だからこそ、人間の都合で手を抜いてはいけないし、常に襟を正していなければならないと思います」(千鶴子さん)
日本酒製造の現場では機械化が進み、コンピュータやAIを活用した酒造りも実現しています。しかし、富美菊酒造様では、自然の営みに対して真摯に向き合い、昔ながらの職人の感性や感覚を大切することを「羽根屋イズム」として育み続けています。

土・水・気候に帰結する富山テロワール

近年、日本酒業界では地元産の原材料を使った造り方が広がりつつあり、フランス語で「土地」を表す「テロワール(terroir)」と呼ばれています。富美菊酒造様も、富山県産の酒米や、立山連峰を水源とする伏流水など、富山の地に根付いた酒造りに取り組んでいます。羽根屋の純米吟醸「煌火(きらび)」や純米大吟醸の「翼」では、すべて富山県産の酒米「五百万石」を使用し、富山産の山田錦である「越中山田錦」による純米大吟醸も商品化しています。
「同じ銘柄の酒米でも、他の地域で育ったものと富山で育ったものでは微妙に味が違うように思います。感覚的ですが、富山の風土から生まれた米の方がしっくりくるような気がするのです。土、水、気候、季節の移り変わり、気温や水温の変化など、酒造りに影響するあらゆる要素がその土地と結びついているのではないかと思います。四季醸造のポイントとなる麹の管理も地域の気候によって違うはず。自分たちの蔵だけに適応するやり方が必ずあり、それによって生まれる味や風味の違いが、それぞれの蔵の個性になるのではないでしょうか」
単に地元の材料を使うだけでなく、自分たちが暮らす土地の風土に合わせ、季節を感じながらその時々に適した酒を醸す。テロワールとは「自分たちの蔵の特徴や個性を熟知すること」だと敬喜氏は語ります。

III 日本酒だけで継続できる酒蔵へ

少量生産でも成り立つ品質の高さ

限定醸造の特別酒である羽根屋シリーズは、国内外のコンクールで数々の受賞歴を誇ります。中でも、世界最大規模のワイン・酒コンペティションである「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」のSAKA部門では、2020〜2022年と3年連続でGold Medalを受賞。また、富山県産の酒米「富の香(とみのか)」を使った酒はフランスで開催される日本酒コンクール「Kura Master」で2度にわたりプラチナ賞を受賞しています。羽根屋の品質の高さとふくよかな味わいは、新しい日本酒の価値を提唱する作品として世界へ羽ばたいています。
「毎年欠かさず出品し、毎年受賞することが品質の証明になると思います。大吟醸と同じ造り方を年に何回も行うのは本当に大変で、杜氏や蔵人がモチベーションを維持するのも困難です。実際、休みたくなったり楽をしたくなるも時もあったと思います。それでも、コンクールで賞をいただき、品質の高さが証明されると、自分たちの苦労は決して無駄ではない、必ず報われるのだという励みになります」(千鶴子さん)
手間と労力がかかる羽根屋の商品は、製造量を拡大させるのが難しく、ほとんどが少数限定品です。高品質・少量生産のスタンスで酒蔵経営を成り立たせることは容易なことではなく、富美菊酒造様も経営的に厳しい時期が長く続きました。
「私たちが特別なわけではありません。上質で美味しい酒をお客様に届けたいという思いは、どの酒蔵でも同じです。それでも経営が成り立たず消えていく蔵がたくさんあり、以前として厳しい状況にさらされていることも事実です。だからこそ、日本酒だけで酒蔵を成り立たせることを目標にしてきました」(千鶴子さん)
最近は、焼酎や果実酒、酒粕を使った食品などの商品を販売したり、イベントや展示会に参加して販売促進を図るなど、日本酒以外の収入で蔵を維持している酒造会社も少なくありません。しかし、千鶴子さんは「日本酒の事業が継続できなければ残すべき酒蔵がさらに減ってしまう」と危惧し、日本酒だけで成り立つビジネスモデルを確立させ、高品質・少量生産でもやっていける酒蔵のロールモデルになることを目指しています。

感性とテクノロジーの融合

敬喜氏と千鶴子さんは、酒蔵経営を強化する施策のひとつとしてITの活用にも取り組んでいます。手間暇かけた酒造りに労力を集中させるためにも、IT化できるところは積極的に活用するという考えから、清酒もろみ分析クラウドサービスを導入。データ活用による品質の安定化や省力化を図るとともに、若手育成にも役立てたいと考えています。
「数値的なデータを記録するだけでなく、その都度気づいたことやテイスティングの感想などもコメントとして残せるところがとてもいいと思います。クラウドにデータが保存されるため、災害などで会社や蔵が被害に遭っても、職人の経験やノウハウがデジタルの記録として保存できます。日本酒がより良い形で受け継がれていくための『蔵の記憶』になってくれると期待しています」(千鶴子さん)
その一方で、敬喜氏は職人の感性も大切にしたいと語ります。杜氏として蔵に入り始めた頃、ベテラン杜氏の姿を見て学んだ経験は、数値やデータには表せない感覚を養ってくれました。
「先輩たちの経験やノウハウには言葉で伝えられない部分がたくさんあり、見て覚えるしかない。だから、彼らの一挙手一投足を間近で見続けるしかありませんでした。でも、そうやっていると、ある時、瞬間的なひらめきのようなものを感じるのです。その人と長い時間を一緒に過ごし、集中して観察していたからこそ理解できる直感のようなものです。ベテラン杜氏の真剣勝負の瞬間に立ち会っていたからこそ体得できるのだと思います」
感覚的に習得する部分と、デジタルの記憶によって補完される部分を融合し、羽根屋の品質と生産量を安定化させることが今後の課題だと語る敬喜氏。若い世代の蔵人に対しても、テクノロジーを上手に使いつつ、季節や自然を肌で感じる感性や、職人としての感覚を磨いてほしいと願っています。

企業情報
富美菊酒造株式会社 様

住所   富山県富山市百塚134-3
創立   大正5年(1916年)
事業概要 日本酒の醸造および販売
URL   new windowhttps://fumigiku.co.jp

お問い合わせ・ダウンロード・1ヶ月無料お試し