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AIエージェントと共生
・Innovation Story 10
#技術戦略 #AI #暗黙知の形式知化
暗黙知を形式知へ。AIエージェントを前提とした業務プロセスの再構成
#技術戦略 #AI #暗黙知の形式知化
生成AIの登場以降、多くの企業が業務効率化を目的としたAIの導入を進めてきました。しかし、既存の業務プロセスを維持しながら単なる作業の代替ツールとしてAIを置き換えるだけでは、飛躍的な生産性の向上や競争力の強化には限界が指摘されるケースが増えています。
NECソリューションイノベータのイノベーションラボラトリ(以下、イノベラボ)では、従来の「人がAIを使って効率化する」という発想を超え、「AIの存在を前提に業務そのものを再設計する」というアプローチで業務のアップデートの実現に向けた取り組みが進められています。目指すのは、AIを作業の代替手段としてではなく、自律的に協働する「チームメンバー(AIエージェント)」として位置付けることです。
この「共生」を実現するため、イノベラボでは組織内に埋もれた個人の暗黙知を、生成AIによって誰もが活用可能な形式知へと抽出・変換する基盤開発に取り組んでいます。企業のカルチャーや理念といった抽象的な要素までをもデータとして取り込み、蓄積と活用を繰り返す。このサイクルこそが、組織の文脈を理解し、共に成長し続けるAIエージェントを生み出す一因の一つと考えられます。
本稿では、この取り組みの中核であり、これからの働き方に影響を与えると考えられる技術について整理します。

イノベーションラボラトリ 技術戦略グループ
茂木 貴洋(もぎ たかひろ)

イノベーションラボラトリ 技術戦略グループ
茂木 貴洋(もぎ たかひろ)
AI前提のグローバル市場に対する危機感が後押し。世界を見据えた技術開発
近年、生成AIは急速に進化を遂げました。多くの一般消費者が日常的に生成AIを活用する姿も身近になり、AIによる市場環境の変化はますます加速しています。その結果、扱う情報量も爆発的に増加しました。
公開情報によればAnthropic社やOpenAI社では、コーディングやプロダクト開発の約9割をAI中心に進めていると言われています。一方、日本企業は依然として「人間が処理できるスピードと認知の限界」の中で業務を回しており、意思決定の速度や質において、欧米や中国の先行企業に遅れをとる可能性が指摘されています。
また、当社のような大規模組織においては、開発のAI化が進むほど「AIを扱う人間の処理能力」が構造改革のボトルネックになるという問題も指摘されるようになっています。こうした背景を踏まえ、イノベラボでは「AI前提の業務アップデート」と「暗黙知の形式知化」の仕組みの実現を推進しています。
自ら思考し判断するAIエージェントを構築。目的設定こそが人間の役割
- AIエージェントによる業務の再設計
イノベラボでは、AIを前提とする業務のアップデートとして、既存業務をベースにAIエージェント化に取り組んでいます。目指すのは、単なるチャットボットとしてAIを活用するのではなく、これまで人間が行っていたタスクの洗い出しや進捗管理といった業務までAI自身が考え、判断できるシステムです。実際に技術戦略チームにおいても、生成AIを実務に深く組み込んでいます。
- リサーチ業務における圧倒的なスピードアップ
例えばリサーチ業務においては、人間が指示するのは具体的な作業手順ではなく、あくまで「目的や最終的なゴール」のみです。それを受けると、AI自らがゴールに至るまでのシナリオを構造化し、実行プランを即座に策定してくれます。数百件におよぶ技術トレンドの調査から詳細なシナリオ作成までを、短期間で完遂できるのが内部検証において確認されています。
従来、手作業で数ヵ月を要していた業務が、数日あるいは数時間で完了する可能性も現実味を帯びてきました。この大幅なスピードアップにより、試行回数とアウトプットの量を増やすことが可能になっています。
- 「目的の言語化」に求められる人間の役割
日々アップデートを重ねている生成AIは、具体的に指示すれば指示通りの結果に留まりますが、「目的を達成するための最適解は何か?」という観点で考えさせる設計にすると、基盤となるLLMの性能向上や参照させる形式知(データ)の整備に伴ってアウトプット精度が段階的に高まり、成果の幅が広がる可能性があります。
そのため検証プロセスでとりわけ重視しているのは、AIにインプットするデータの質です。AIは構造化や大量処理に長けている反面、ゼロから問いを立てることや論理で説明しきれない熱量やこだわりは持ち合わせていません。この部分の具現化こそが人間に求められる役割となります。
重要なのは、単なる実行指示ではなく、「どのような課題を解決したいのか?」「この業務は何のためにやっているのか?」という本質的な目的を人間が言語化することです。明確な目的設定さえできれば、後はAI自身がゴールに至るシナリオを考えます。
- 自律型AIエージェントが切り拓く、よりクリエイティブな領域
さらにその先には、ソフトウェア開発でいえば要件定義や設計、コーディングといった各工程を担うAIエージェントを構築し、複数のAIエージェントが連携して業務を進めることを想定しています。加えて、PM(プロジェクトマネージャー)に相当するAIエージェントが全体の進行管理をするかたちも視野に入れています。
その域まで達成すれば、人間は要件の精緻化や事業課題の成功条件、システムの課題整理など、よりクリエイティブな領域に集中の余地が広がる可能性が示されています。


組織固有の暗黙知と文化をAIに集約。共に進化する「独自性」を育てる
- 業務プロセスから知見を自動抽出する「進化ループ」の構築
社内に点在する市場価値の高い暗黙知については、データ化して集約し、形式知として誰もが利用可能な状態を目指しています。このシステムの独自性は、日々の業務を通じて自動的に組織の知見が集約され、AI自体が進化し続ける「ループ構造」にあります。
会議の音声データやチャットの履歴、作成資料などのさまざまなデータから、AIが背景にある目的や文脈を推論・抽出し、利用可能な形式知としてデータベースに蓄積します。通常、個人の経験や勘といった暗黙知を形式化するには膨大な人的コストが必要となりますが、AIが変換プロセス自体を担うのです。
蓄積されたデータはAIが参照する「知識」となり、業務を繰り返すたびに回答精度や文脈理解が向上します。業務を重ねるごとにAI自体も学習し、組織固有の知見やノウハウを獲得していくエコシステムが形成される仕組みです。
- 企業固有の「文化・価値観」の言語化と、精度を高めるデータ選別
AIエージェントを実務レベルで機能させるためには、企業独自のカルチャーや品質基準までインプットする必要があります。例えばNECグループなら、社会インフラを担う企業としての倫理観と厳格な品質基準です。こうした企業文化や価値観は、一般的なLLM(大規模言語モデル)には備わっておらず、基本的に取り込まれた知見は平均化されてしまうため、企業固有の独自性については意図的にインプットする必要があります。
そこで、組織としての独自性や競争力の源泉となり得る、組織固有の文化や判断基準をコンテキストとして言語化・データ化し、AIエージェントの人格や判断ロジックの一部として組み込む独自の設計を採用しています。
運用過程における最大の課題は、データの質です。例えば、会議中の発言は種々雑多で、思いつきのアイデアと重要な意見が混在しています。しかしAIは発言の重要度を判断しません。すべての発言を同等の重要度で読み込んでしまうため、AIの回答精度は低下し、平均的で役に立たない回答をするようになってしまいます。
「何が重要で、何がノイズか?」の判断には高度な文脈理解が求められるため、現段階では選別に人間の介入が必要ですが、将来的には選別プロセス自体もAI化する構想があります。
最先端のAIを開発するために、必要不可欠なのが人間理解
AIエージェント化、そして暗黙知の形式知としてのデータ集約という取り組みは、一見、純粋なITシステム開発のように見えます。しかし、本質的には「人間とAIの関係性を再構築する」技術開発として位置付けられます。
その点においてイノベラボという環境は機能しやすい構造をもっています。なぜなら組織内に心理学や行動科学という人間理解を専門とするチームが存在するためです。
暗黙知の抽出やAIエージェントの振る舞いを設計する上で、こうした人間理解に関する知見は重要な役割を果たします。「人がなぜそのような発言をしたのか?」という背景の推論や、チーム内でのコミュニケーションの機微をデータ化するプロセスでは、技術的なアプローチだけでは解決できない人間科学の知見が重要な役割を果たします。
最先端のAI技術と、人間理解の専門的な知見が近接している環境だからこそ、技術的な合理性と人間的な納得感を両立できるシステム設計の可能性が示されています。
イノベーションラボラトリが描く価値創出


AIエージェントによる、事業開発のプロセス
これらの取り組みによって、実務の進め方そのものに変化が生じています。AIエージェントという新たなチームメンバーを迎え入れることで、人間が本来注力すべきクリエイティブな業務に集中しやすい環境が整いつつあります。
現在は実証段階にありますが、社内業務への適用や顧客向けのシステムとしての提供を視野に入れた検討が進められています。事業開発やプロダクト開発の分野に適用された場合、従来は半年や一年を要していたプロセスが数日から数時間と短縮される可能性があります。
このようにAIの活用が進むことで、人が創造的な探求に集中しやすい業務環境の構築につながる可能性が示されています。イノベラボでは、こうした業務環境を支える技術や設計のあり方について、継続的な検討が行われています。
イノベーションラボラトリ 技術戦略グループ
茂木 貴洋(もぎ たかひろ)
システムエンジニアとしてキャリアをスタートし、携帯端末、業務システム、クラウドサービスなど幅広い開発現場で経験を積み、技術とビジネスの両面を俯瞰するITアーキテクトへと領域を拡張。
現在は全社技術戦略を担当し、中長期の市場・技術動向を見据えた経営課題解決とテクノロジー活用を推進している。















