サイト内の現在位置

老化可視化研究
・Innovation Story 19
#老化 #生物学的年齢 #健康寿命 #人間理解 #ヘルスケア
老化可視化研究:「老い」は測れる ── バイオ×心理学で“本当の健康寿命”に迫る、老化可視化プロジェクト
#老化 #生物学的年齢 #健康寿命 #人間理解 #ヘルスケア
同じ60歳でも、カラダの“老け方”は一人ひとり違います。もしその個人差を、特別な機器ではなく毎年の健康診断のデータから測れるとしたら——。
本稿では、NECソリューションイノベータ イノベーションラボラトリで進む、カラダの老化とココロの老化を同時に可視化する研究に光を当てます。栄養学から再生医療、そして老化研究へと歩んできた研究者・志賀孝宏に話を伺い、研究の背景、二つの“老い”を可視化するアプローチ、そこから見えてきた発見と展望を掘り下げます。

イノベーションラボラトリ サイエンスラボラトリ第二グループ
志賀 孝宏(しが たかひろ)

イノベーションラボラトリ サイエンスラボラトリ第二グループ
志賀 孝宏(しが たかひろ)
なぜ、いま「老い」を測るのか -「加齢」と「老化」は違う-
高齢化が進む社会には、大きく二つの課題があります。健康なまま長く生きる「健康寿命の延伸」と、年齢に縛られず力を発揮できる「エイジレスな働き方」です。どちらも、老いのプロセスを理解し、その進み方を測り、管理できてはじめて手が届きます。ですが、個人の老化を包括的に測る技術は、まだ確立していません。
その出発点として、志賀はまず二つの言葉を区別します。「“加齢(Aging)”は、1年、2年と自然に積み重なっていく時間のこと。これは不可逆で、戻すことはできません。一方“老化(Senescence)”は、緩やかにしたり、止めたり、巻き戻したりできる現象なんです」。加齢は時間の経過で必然的に生じますが、老化は細胞分裂の限界やDNA損傷、酸化ストレスなどが関わり、調節の余地があります。本研究が狙いを定めるのは、後者——遅らせられる「老化」のほうです。
暦の年齢は、誰の上にも等しく進みます。しかし、カラダの実際の老化度合い——生物学的年齢は、人によって大きく異なります。60歳でもカラダは45歳相当、という人もいます。「その速度を可視化して、何をすれば老化が戻るのか、緩むのか。そこにアプローチするために、まず“見える化”をするんです」。
祖父の病、そして社会実装への渇き -研究者・志賀孝宏の原点-
志賀の歩みは、少し変わっています。農芸化学(栄養生化学)で博士号を取得した後、前職の順天堂大学ではiPS細胞という全く異なる領域に飛び込み、パーキンソン病やALSといった加齢性の神経疾患の創薬研究に携わりました。その背中を押したのは、個人的な体験でした。「祖父がちょうどパーキンソン病で亡くなったんです。元気だった祖父が、いきなり発症して衰弱していく。やっぱり、年には勝てないなと」。
研究の中で志賀は、病気を「治す」だけでなく、老いた細胞そのものに目を向けるようになります。ですが、大学のシーズ研究は、社会実装まで10年、20年のスパンがかかります。「それが、途中であまり面白くないなと思ってしまった。もっと社会に実装したい、と」。折しも長男が生まれ、子育てと両立できる環境も求めていました。そしてもう一つ——「IT企業である当社が、なぜ生物学者を採ろうとしているのか」。その問いへの興味が、入社の決め手になったといいます。「面白いものに全部惹かれるタイプなので、後先考えずに進んでみようと」。
カラダと、ココロ。二つの“老い”を可視化する -バイオ×心理学というアプローチ-
本研究のユニークさは、「カラダの老い」と「ココロの老い」を切り離さず、両輪で捉えるところにあります。カラダの側では、誰もが毎年受ける健康診断のデータに、食生活や運動習慣の問診、そして血液検査を組み合わせます。食事や運動の習慣を、頻度で答えていただく形式の問診で押さえ、そこに血液検査の値を入れることで、その人がどれくらいの速度で老いているかが見えてきます。さらにNMRメタボローム解析による詳細な代謝物データを加えれば、精度はいっそう高まります。
海外では、細胞のDNAメチル化パターンから老化を測る手法が先行していますが、1回の測定に数万円から10万円と高額です。「それをもっと安価に、身近にできないか」。健診と問診という“ありふれた”入り口にこだわるのは、多くの人が使えてこそ意味があるからです。
ココロの老いを、三つの内面から測る
そして、ココロの側です。加齢とともにできることが減り、不安を抱える——それは年齢そのものより、内面の老いに関わります。本研究では、「主観的な年齢感覚」「老いの認識」「死に対する態度」という三つの内面を統合的に評価し、内面の成熟度を段階的に分類します。20〜60歳を対象に、いまのところ五〜六つのタイプに分かれることが見えてきました。志賀は、イノベーションラボラトリ内の心理学者とともに、この評価に用いる心理尺度を選び、カスタマイズしていきました。「何の尺度を測れば“ココロの老い”が見えるのか、生物学者の僕には分からなかった。頭を下げて教えを請いました」。分析手法も、生物学と心理学ではまるで違います。近くに専門家がいたからこそ、この掛け合わせは実現しました。
老化スピードが映し出すもの -疾患リスク、そしてカラダとココロの“乖離”-
研究からは、いくつもの発見が生まれています。カラダの老化が進んでいる人ほど、がんや心疾患などのリスクが高いことが分かってきました。特に日本人のデータでは、心臓の疾患や肝がんとの関連が際立ちました。「老化していればいるほどリスクが上がる。これはすごく新しい発見でした」。グループ会社のフォーネスライフが担うタンパク質ベースの疾患リスク予測とは異なる領域をカバーしており、予防・未病の取り組みと直接つながる可能性があります。
将来の健康リスクの予測でも、手応えがありました。年齢と性別だけを用いる従来の見積もりを、血液と代謝物のデータを組み合わせることではっきり上回る精度が得られています。「5年後、10年後といった将来のリスクを、より正確に捉えられる」。面白いのは、複数の臓器にまたがる指標が、手法を変えても繰り返し浮かび上がってくることです。「カラダは臓器ごとにバラバラに老いるのではなく、全身のバランスとして老いていく。そう考えると腑に落ちるんです」。
四つの切り口で、多角的に数値化する
老化の捉え方も、一つではありません。本研究は、検査値から「カラダの年齢」を推定する第一世代から、血液と代謝物で将来の疾患リスクを予測する第二世代、同じ人を繰り返し測って老化の“速さ”を捉える第三世代、若く健康な人の検査値パターンからの「距離」を測る恒常性破綻の指標まで、四つの切り口で老化を多角的に数値化します。繰り返し測ることで、一度きりの測定では見えなかった疾患リスクが浮かび上がることもあるといいます。
カラダとココロは、必ずしも連動しない
最も興味深いのは、カラダとココロの老化が、必ずしも連動しないことです。「カラダは若いのにココロが老いている人、その逆の人。いろんなパターンがあって、僕の仮説は外れていました」。志賀は、両者をつなぐ要因の探索を、これからの本丸だと考えています。「カラダだけ、ココロだけでは説明がつかない。その間をつなぐ何かが必ずあるはずで、そこを解き明かしていきたい」。


誰も踏み込まない“真ん中”を狙える理由 -生物学者と心理学者が隣にいる環境-
なぜ、カラダとココロの両方を研究できるのでしょうか。志賀はその理由を、イノベーションラボラトリという環境に見ています。「生物学者の隣に心理学者がいる。普通の大学なら学部が違って、まず会わない。でもここは、懇親会でも、チャットをつなぐだけでも研究の話ができる」。この“近さ”があるからこそ、二つの円が重なる「真ん中の領域」に踏み込めます。
「カラダだけでは説明できない。そのときに、近くに心理のデータがあれば、導き出せる答えがある」。異分野のフィードバックが、未知の現象を解き明かす糸口になります。「思ったことをボロッと喋ったときに、相手がどう返すかで解き方が変わる。研究所では絶対に解けない問題が、案外簡単に解ける」。世界を見渡しても、カラダの老化を測る研究は高コストで存在し、ココロの老化を測る研究はほとんどありません。その“ちょうど真ん中”を、実働およそ2年半で切り拓いてきました。
安価に、誰もが。そして倫理の壁 -これからどこへ向かうのか-
志賀が見据える応用は、幅広いものです。自分のコンディションを知り、生活を整える手がかりに。運動や食事の改善が老化に与える効果を測る“ものさし”に。さらには、効果の客観的な検証が難しいとされる若返り関連の商品について、その効果を確かめるツールに。「投与して若返ったかどうかは、10年後に蓋を開けないと分からない。でも“測る技術”は誰もやらない。そこを明かしてやろうかな、という悪巧みもあるんです」。老化スピードに合わせた旅行提案など、他事業への広がりも見えてきました。
連携したい相手も明確です。長期のコホート(注1)を持つ大学病院や地域、ウェルネスを進める自治体、そして社内の健診データを活用したい企業。「安価で簡便だからこそ、多くの人が使い、データが集まる。それがまた新しい発見につながる」。一部の富裕層だけでなく、誰もが使えることに、志賀はこだわります。
もっとも、志賀は研究者としての節度を忘れません。ここまでの結果は、検査値と老化・病気の「関連」を示すものであって、原因と結果(因果)を証明したものではありません。一部の分析は対象人数が少なく、結論を確かめるにはさらなるデータの蓄積が必要だといいます。過大な期待を煽らず、事実に忠実であること——それが、この研究の信頼を支えています。
そして、最大の壁も見据えています。個人情報の保護と、生命倫理です。「人権に関わるデータを簡単には使えない。ここが一番のハードルです」。現在は社内でも開示が限定的で、これから事業部への展開を準備している段階だといいます。読者へのメッセージを問うと、志賀はこう答えました。「特に若い方に伝えたい。いまの生活が、後々すごく響く。老いを漠然とした遠い話にせず、若いうちからちょっと気にしておいてほしい。若い頃の想像力は、未来への投資なんです」。
- 注1)コホート:共通の特徴を持つ人や対象のグループ(集団)のこと。
お問い合わせ
老化の可視化研究にご関心をお持ちの方、健診データやコホートを活用した共同研究にご興味のある大学病院・自治体・企業の皆さまは、ぜひお気軽にお問い合わせください。
予防・ウェルネス領域での連携や、研究に関するディスカッションも歓迎しています。
NECソリューションイノベータ イノベーションラボラトリ
メール:ilab-contact@nes.jp.nec.com
担当:志賀 孝宏
イノベーションラボラトリ サイエンスラボラトリ第二グループ
研究員(老化可視化研究)
志賀 孝宏(しが たかひろ)
博士(農芸化学)。栄養生化学で学位取得後、順天堂大学ゲノム・再生医療センターにて特任助教として、iPS細胞を用いた神経変性疾患のモデル構築に従事。パーキンソン病や抗がん剤心毒性など幅広い疾患の患者由来iPS細胞研究に参画し、Stem Cell Reports、Cancer Science 等に論文発表。神経細胞の老化を加速させる手法の開発を軸に、科研費研究代表者として3課題を推進した。研究成果の社会実装を志して当社に入社し、現在はカラダ・ココロ両面からの老化可視化研究に取り組む。




















